Y O U R A I S E M E U P




 明かりを灯していない部屋は、普段にもまして酷く薄暗く静まり返っている。自分の家の、ましては自室である筈の此の部屋から、悟空は己に対しての憎しみにも似た拒絶を沈黙の中に混ぜているような気がした。まるで、侵入者を拒むような。
 其れでもチチは、夜目にも白く輝く身体を光らせながら、ベッドの上に座って彼が来るのを静かに待っている。まるで、己の夫を導くかのように。
 普段となんら変わりのない、当たり前の光景である筈なのに。悟空は其れに酷く安心出来て、酷く嬉しくて、酷く泣きたくなって、顔を綻ばせた。
 だから何も言葉にせず、ゆっくりと妻の隣に腰掛ける。妻は顔を俯かせているから、表情が伺えなかった。ゆっくりと其の柔らかな白い頬を幾度か撫で、触れるだけの口付けを贈る。もう飽きれるくらいに何回も何十回も何百回も繰り返してきた行為。なのに彼の身体の震えが止まないのは、此れからの自分たちの未来を知っているからかも知れない。


   君が居てくれるなら、私はどんな困難にも立ち向かえるのです


 ボタンを外して前をくつろげば、妻の真白い身体がより一層夜目に浮きだった。寝間着を脱がしているあいだも身体をまさぐることを止められず、あぁ己は此の妻に心底惚れているのだな、と悟空はまるで他人事のように感心した。チチが彼の背中や髪の毛を撫でていることに、赦してくれているのだと、ひっそりと安心しながら。
 沸騰した意識を指先から吐き出させた。髪ヒモを取り、下着を脱がせ、乳房を舌で辿れば──押し殺した声が漏れた。


 チチは誤解している。自分がちっとも彼女のことを考えていないだろう、と。

 思っている以上に信用されていないかも知れない。けれど其れは仕方の無いことだった。彼は妻に甘えすぎていた。元来此の男は態度に出すのは苦手な方であったし、特別言葉に出さなくてもきっと伝わっているだろう、と軽く思っていた。そんな態度を取り過ぎて、今では言葉さえ出てこなかった。思えば、惚れていると言葉で伝えたことは一度だって無かったかも知れない。きっとこれからも無いだろう。
 其れでも信じて欲しくて堪らなかった。其れでも己を好きで居て欲しくて堪らなかった。

 すまん、と口から溢れた。いったい何に対しての謝罪か区別が付かなかった。きっと彼女も分からないだろう。其れでも此の妻からの赦しが欲しかった。チチはただ泣きそうな顔をして夫の首に縋り付いた。妻が何故泣きそうな顔をしているのか、確固とした原因は定かでは無かったが、ただカナシイからでないことは、悟空にも理解が出来た。
 妻の身体をゆっくりと形取りながら、性器へと手を伸ばした。彼女は恥ずかしそうに抗いを見せたが、指と舌を使って容赦せずに奥を責め立てた。濡れそぼった妻の性器に性器で入り込もうと避妊道具へと手を伸ばした時、妻は小さくいやいやをした。
 彼女の意思を読み取って、伸ばした手で妻の乳房を覆った。そのまま、ゆっくりと妻の中に自分を挿れた。


 ヒトリで生きてゆけると、信じていた。
 だって祖父が死んでから、ずっと自分はヒトリで生きてきたから。怖いことなど、不安など有りはしなかった。

 けれども、チチと出会い、結婚して家族となって。自分はかけがえのないモノをたくさん手に入れた。
 彼女が彼に与えたもの。其れは決してヒトリでは手に入らないモノばかりだった。


  君が支えてくれるから、私は強くなれるのです


 互いの身体をピタリとくっつけあったまま、じっとしている深夜。足の付け根にこびり付いた体液が冷めて固まり始めだしたのを感じた。鼻先がくっつきそうな程近くにある妻の顔。しっかりと閉じた瞼に綺麗に並んだ睫毛がゆるゆると震わせて眠っている。────結婚当初はこの顔が寝顔だなんて分からなかったけれど。
 長い年月を思い返してみる。結婚して、子供ができて、長い時間を共に共有しあってきた。現在の己を構築したのはまぎれもなく、妻だと思う。そして、現在の妻を構築したのも、まぎれもなく自分だ。これからも、ただ共にいられれば良いと思う。たとえ自分が死んでしまっても、一緒に暮らせないものかと考えて、その無茶な考えに小さく笑った。

 気の遠くなるような長い年月。そのあいだずっと傍で支え続けてくれた愛しい妻。その妻の髪を撫でて、口付けて、空が薄くなってきた頃、悟空は突発的な眠りに瞼を閉じた。







 激しい、まるで泣き叫びたくなるような死闘。誰もが絶望に苛まれるなか、彼だけは成すべきことを知っていた。
 だから彼は笑う。その微笑みは、他の誰よりも強く誇り高い。


 「母さんにすまねぇっていっといてくれ」


 それが、彼が最後にもらした言葉だった。







  君が傍に居てくれるから、私は私以上の者になれるのです









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