真 夜 中 テ ン ペ ス ト




 全てが静まり返った真夜中の午前三時。そんな時刻に唐突に目が醒めたのは、ベッドから転げ落ちたからではなく、隣から今までの人生で拝聴したことのないような物凄い衝撃音を聞いたからで。
 事故か地震か落雷か、それとも宇宙人の襲撃か。ともあれ、慌ててドアを開けて隣の大家宅を見てみれば、酔っぱらった男が一人、彼の家の玄関の前で「イテテテ」と踞って呻いていた。
 「……何やってんのよ、あんたは」
 大家のあまりの情けない様子になんだか拍子抜けしてしまい、気の抜けた声で問いかけると、詐欺師男はアルコールによる作用で真っ赤に染まった顔で私を認めて、ぼんやりとした様子で片手をあげた。「よぉ」
 「部屋に入れないんだよ。ドアが壊れちまったみてぇで」
 「ドア?」
 私は彼の部屋の前まで歩いてゆき、ドアを確認してみた。確認したあと、思わず眉間に皺が寄った。
 「黒崎」
 「んん?」
 「ドアの鍵、開いて無いわよ」
 「んあ?本当か?おれ、ちゃんと開けた筈なんだけど…」
 「壊れてるのはあんたの頭の方じゃないのよ。此の酔っぱらい」
 ため息を吐きながら「鍵、貸して」と手を伸ばすと、酔っているせいかやけに素直に鍵を差し出して来た。受け取ってからドアの鍵を開けると、相変わらず、ゴミ溜の部屋が広がっている。散らかったベッドを、彼の飼い猫が占拠していた。
 「ほら、開けたから。入って寝たら?」
 「おぉ」
 返事は良いくせに、その場からまったく動こうとしない。─────んもうッ!
 「腕、貸して。運んであげるから」
 言われるままの男の重たい身体を引きずりながら、足元にすり寄ってくる何かを発見した。黒猫だった。どうやら騒ぎに目を醒したらしく、私の周りをうろついている。この黒猫の手も借りたいけれど、実際には無理な話だ。今度もし家賃滞納したとしても、此れを理由に何ヶ月だって待たせてやる、と心に誓って、酔っぱらいを引きづり続けた。
 なんとかベッドまで運んでやると、黒崎の身体はごろんとベッドの上に転がった。
 「まったく。クロちゃんの飼い主はひどい酔っぱらいだわね」と私の足元にすり付いている黒猫に同意を求めると、にゃおん、と一声帰って来た。もう一度ため息を吐いて家に帰って寝直そうと玄関へと足を向けたとき、タイミングよく酔っぱらいから声がかかる。
 「み、みず。水、持って来てくれ…」
  どうして私はヒトリっ子のくせにやけに面倒見の良いんだか。そう一人でゴチながら、台所でコップに水を注いでやった。
 「はい、お水。此れ飲んだら、ちゃんと寝なさいよ」
 「んー」
 上半身だけ起き上がった男に水を差し出すと、男は手を伸ばして来た。……って、どうしてコップじゃなく、私の腕を掴むのよ。
 グイっと、引っ張られそのままベッドへと押し付けられる。間近にあるのは、黒崎の寝顔。反射的に顔を背ければ、床に転がったコップが目に入った。運が良いことに割れていないようだ。ただ、コップから漏れ出す水が、床にだんだんと水溜まりを作ってゆく。
 「ちょっと、くろさき」
 返事は無し。変わりに聞こえて来たのは、寝息だった。それと同時にアルコール臭い香りが近くで感じ取れる。離れようにも、彼の手が確りと私の腕を掴んで離れない。どうしよう、このままじゃ部屋に帰れない。
 「くろさき、くろさき。ねぇ、ちょっと」
 またもや、返事は無し。どうやら、本格的に寝入ってしまっているようだった。
 ……困ったわ。此れは本当に、困った。
 もう一度、大家を起こそうと顔を向けて口を開いた。目の前にある詐欺師の寝顔。確りと、掴まれたままの腕。──どうしてだろう、何故だか、言葉が喉から出てこない。
 変わりに出て来たのは、疑問だった。社会の残酷な理不尽さについて、だとか。悪と正義の絶望的なまでの矛盾性について、だとか。法律の脆弱さについて、だとか。
 社会の影の部分により、人生を狂わされてしまった男。
 黒崎の寝顔は、まるで幼子のように無防備だ。数年前に悪質な事件によって家族が崩壊し、社会の暗闇の中で犯罪に手を染めている人間だと、誰が思うだろう?
 『おれが、他人を信じるわけねぇじゃんか』
 まるで当然だと言わんばかりに、此の男は酷く寂しいことを言う。此の言葉はきっと、彼の生きてきた道を物語っているのだろう。私なんかには検討も付かないような、思わず泣き叫んでしまいたくなる様な、重くて暗い冷たい道。
 掴まれた腕をただ見つめながら、もう二度とそんな寂しいコトを聞きたくないなぁ、と思った。理由は分からない。持ち前の正義感から派生したのかも知れないし、もしかしたら他の原因から派生したのかも知れなかった。
 彼の手を振り払えないままに、だんだんと空が薄くなってきた頃、私はゆったりとした眠りへと誘われて瞼を閉じた。

 目が醒めた数時間後に、何も覚えてないらしい大家から「おまえ、なんでおれの部屋で寝てるわけ?もしかして、おれのこと襲ったりしてないよな?」などとヌカされたので、笑顔で思いっきり平手打ちをお見舞いしてやった。

 







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