ひ か り
世界が極めて限定されたものであっても、おれは一向に構わない。愚かな万人が薄っぺらな信頼で結ぶ世界の価値など、たかが知れている。だからおれには選択の余地が無かった。もっと正確に表現するなら、───おれは、其の『世界』を捨てたんだ。
ガツン、と強い衝撃を感じた。まるで、拳骨で思い切り殴打されたような衝撃が頭に届いた、唐突に・何の躊躇いも無く・酷く乱暴に。あまりに強い衝撃に対し、おれは呆然とするほか無かった。いったい、何が起ったのか。───いや、頭で理解することは可能だが、心が追いついてこない。
酷い眩暈と激しい混乱が身体を揺さぶられ続けるなか、眼を凝らせば、普段見慣れている筈の冷えきったグレーの世界が変わっていた。
視界に飛び込んで来たのは、一点の光だ。
世界が、変えられようとしている。
────ヤメろ。 ヤメてくれ。
勝手なことをするな。おれは、そんなこと、望んでなんかいない。
だから、必死で拒絶した。好意を嘲り笑った。嫌悪感を示した。罵倒した。非難を浴びせた。───なのに、何でおまえは、まだ此処に居るんだよ?
どうして、おれを温めようとする?どうして、おれを孤独にしてくれない?どうして、おれが捨てたモノを渡そうとする?
どうして、おれは、おまえを切り捨てられないんだろう?
頭を垂れたことで得たモノは、あまりに安直で滑稽な条理だった。全ては、弱肉強食だということ。一方的な食物連鎖のパワーゲーム。此れを制する為には、対外的に強くなければならない。其れを愚かなことだと蔑む人間がいるが、おれに言わせればそいつらの方が愚か者だ。無知であることを恥だと分からずに、窮地に追い込まれても、其れが己の責任だと認められない愚か者。
信じる者は、救われる?──馬鹿だな。信じる者は、裏切られるだけだ。
「人は変われるし、世界だって変われるわ。可能性を捨てなければ、望みは叶うのよ」
穢れを知らない笑顔と共に、女がおれに言い聞かせてくる。
莫迦な女。
何も知らないから、おまえはそんな戯言が言えるんだ。おれの居る世界ののことも、おれのことも。
蔑んだ感情が沸き上がってくるのに、それでも此の身体は女から離れようとせず、まるで餌を前にした獣のように柔らかい肢体を組み敷いた。渇きを潤す為に、小さな唇を塞いで唾液を飲み込んだ。両手が衣服を剝ぎ取り、乳房を愛撫しては、下腹に触れていく。そのあいだ組敷いた相手が背中や髪を撫でてはキスをくれることに、溜まらなく涙が出そうになった。震える顔を白い首筋に埋めて、細い身体を強く抱きしめる。堅くなった性器を、ゆっくりと女のなかに挿れた。
いま、していること。此れは、
理不尽への復讐か、それとも羨望への反抗か、───どうでもいい、どうでも。
ただ(認めたくないが)愚かしいディレンマが、此の身に巣食っていることだけは悔しい程に分かった。
安っぽい言葉を鵜呑みにすれば、全てを強奪される。隷属や被搾取を厭うなら、欺騙を覚えるしかない。毎日毎日偽りの笑顔を晒しては、愚かな相手の金銭や地位を略奪し続ける。
そうやって、生きて来たんだ。生きてゆくんだ、此れからも。
迷いなど無い。選択した道を見据えて、おれは進み続ける。一度でも止まってしまったら、元のように歩けなくなる。だから、
あいつは、知らないんだ。
おれたちが比重の違う水を飲む種族であることを。同位置に存在していても遠い場所に居ることを。たとえ、偶然出逢ったとしても、避けられない別離がやってくることを。
強奪と略取の継続。『現在以上』の獲得。土の中に埋められて行くのなら本望だ。おれは進み続けなければ。進み続けなければ。進み───。
何時かは訪れるであろう別離の存在を感じながらも、おれはまだ、細い身体を強く強く抱きしめ続けている。
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