C A N D Y
帰宅後、睡眠を取ろうとベッドに埋もれた際にカタン、という音が郵便受けから聞こえて来た。調べてみれば、入っていたのは一枚の封筒。裏面に書かれていた名前は隣の女のモノだった。先月の支払の時にはドアチャイムを喧しいくらい鳴らして来たくせに偉く無愛想になったもんだ、と隣人の態度の急変に納得し、胸に疼き出した女々しい程の絶望と後悔に、思わず自嘲した。
───こうなることくらい、考えずとも簡単に予想が出来ていたくせに。
あいつをおれのシゴト場に連れて行ったのは、あいつを騙したシロサギと面会させてやろうと思ったのは勿論、そして其の場で非道な態度をとってやれば、きっとおれを嫌悪して遠ざかって行くだろうと思ったからだ。そして、予想は見事なまでに的中した。
ショーウィンド越しに見た自分に愕然としたのは、自分の表情があまりに『自分の表情』で無かったからだ。
あまりに平和ボケしたような、まるで『普通の一般人』のような、
此の女は、感染力が強すぎる。
もう、近づいて欲しく無かった。優しい言葉も、温かい笑顔も要らない。此れ以上、感染されたく無かった。
顔を合わせず、会話をしない日々は静かでゆったりとした暗闇だった。女が此のアパートに越して来る前と同じ暗闇。だというのに、何故だか、とてつもなく違和感を覚えて仕方が無かった。
シゴトで疲れきった身体を横にしたのに、とつぜん深夜に目が醒める。
頭が痛い。胸が苦しい。息が出来ない。特に病を患っているワケでも無いのに、身体が巧く機能していない。まるで、何かが欠けていると訴えてくるようだった。
喚く身体を押さて上体だけを起こすと、視界に真っ先に入ったのは、自室と隣の部屋を隔てている薄いカベだった。
隣の部屋の、検事志望のビンボー女。
顔を合わせなくなって数日しか経っていないのに、もう何ヶ月も会っていないような気がした。家賃や飼い猫のコトでケンカしてた日々が、まるで酷く遠い出来事のようだった。
初めて見た、氷のように冷えきった顔。
自分が仕出かしたことなのに、どうしようもない不安と罪悪感に胸を掻き立てられた。
すれ違い際に、家賃なんていうどうでも良い話題を無理矢理振ったのは、気付いてしまったからだ。絶対に、気付いてはいけなかった感情に。
おれはヒトツだけ溜め息を吐いてから、頭まで毛布を被ってから固く瞼を閉じた。此の生活への限界と、欠如したモノの補充を散々に訴える身体を持て余したまま、睡魔が訪れるのを待つことにした。
「あんたは、ひとりじゃない」と、そう言って小さく甘く微笑む女が、頭の中でやけにリピートした。
キャンディのように甘ったるい感情が、胸の奥で転がっている。
分かってるのか?知っているのか?
気付かせたのは、おまえだ。
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