@こちらは驍李作品です。

『李斎!』

まろぶように駆けてきて、にこりと無邪気に笑う、その笑顔が好きだった。

周囲に有無を言わせぬ気迫の王が小さな麒麟に対して、
ふと微笑む仕草が大好きだった。


今はどこにいるとも知れぬ、かけがえのない、われらの国のかなめ。

灯火



「今日は特別、冷えてるなぁ…」

冬のある日、李斎は一通り、武術の稽古に励んでいた。
将軍職である限り、絶えず体の鍛錬は積まねばならない。
たった少しの怠惰で、勘も肉体も、簡単に衰えていってしまうのだ。

だが、今日は昨日一昨日より一段と冷えた。
宮と宮を繋ぐ渡り廊下の隅に座り込み、李斎は手をこすり合わせる。
指先など真っ赤だ。
体は動かしているうちに暖かくなってきてくれるが、手はそうはいかなく、
早くもかじかんできてしまった。
手が思うとおりに動かなければ、危うく自分の武器で怪我でもしてしまう。

やはり、少し休んでみようか…。

思い立った矢先のことだった。
「李斎?」
「主上。」
白い髪、深紅の瞳。結わずに少し流した髪を揺らして、
驍宗が戸口に立って、少し笑う。
「今日も寒いな。」



こんな寒い場所で主上を引き止めていてよいのかとも思ったが、
あっさり驍宗が座り込んでしまったゆえ、
動くに動けず結局そこに一緒に座り込んでしまった。
思い出したように驍宗が口を開いた。
「ああ、そうだ李斎、蒿里に花をもらったか?」
祝いの節のことを言っているのだとわかった。
泰麒は主上と正頼と三人分といって持ってきたのだ。

前が見えるのかと思えるほどに蒿里の体には大きな花束。

「はい。頂きました。自分より大きな花束を抱えてきてくださって。」
よく転ばなかったものだと、ちょっと思ったりもしたものだ。
そう思ったのが顔に出ていたらしい。クックと驍宗が笑う。
「側で見守っていた正頼によると、やはり途中で幾度か転んだようだぞ。」
「え、正頼が一緒におりましたか?」
「いや、泰麒が自分の手で持っていくといってきかないので、木陰から見ていたらしい。」
大きな花束を抱えて頼りなく歩く泰麒と、木陰からハラハラと見守る正頼。
「ははは、そうでしたか…。」
どうにも微笑ましい光景が浮かんできて、思わず笑いがこみ上げてくる。
同じように微笑ましく思っていたのだろう、驍宗と二人でひとしきり笑った。
その小さな子供は、今頃くしゃみでもしてるに違いない。



「花束も嬉しかったのですが、何より泰麒のお言葉と笑顔が嬉しゅうございました。
主上にも、瑞州師中軍将軍と泰麒のお側においていただき、深く御礼申し上げます。」
「いや、あれは本当に李斎によく懐いているしな」
李斎は一拍置かれた言葉の次を待つ。目が合う。

「実際、李斎には期待をしている。」
「……」
さらりとそんな言葉を吐かれてしまうと、
嬉しさと羞恥とこの喜びを上手く伝えられないもどかしさに顔から火が出る思いである。
どんな顔をしてよいかわからず、
どんな言葉でもこの気持ちを上手く伝えられないような気がして、
李斎はその場でただ目を丸くして固まってしまった。
…たとえ本音でも、誇張されたお世辞でも、かけられた言葉に今、
喜びがこみ上げてきている…。
面と向かって、これだけ嬉しくさせる言葉を吐いた驍宗が、少しにくらしく思える。



「李斎」
「…はい?」
「雪だ。」
周りに眼を向けると、白いものが降っていた。
どうりで寒かったはずだ。今冬の初雪である。



しばらく二人で降りゆく雪を見ていたが、驍宗が先に立ち上がった。
「さて、息抜きもできたことだし、私は仕事に戻ろう。」
「あ、はい。よい息抜きになりましたか?」
ろくに気の利いた会話もできなかった気がする。どころではなく、できなかった。
「なった。李斎はどうする。外稽古には寒くないか?」
「はい。しかしこのところ、官邸の整理に追われていて、
ろくに動いていなかったので…」
体がなまってきているのだ。どこか部屋でも借りようか…。
今後どうしようかと目論んでいるところ、いきなり手をとられてぎょっとする。
手は赤を通り越して、青から白へと変色しかけていた。
驍宗がため息まじりに、
「こんなに青い手で続けるのか。とりあえず暖めてからにしておけ。怪我をする。」
「…は、心配をおかけしまして申し訳ございません…」
とられた手が気になって、上の空でまた真面目すぎる返答をする。
手のかわりに、今度は顔が赤くなってゆく。今日の自分はどうかしているようだ。


殊勝にうなずく自分を眺める驍宗の瞳にふと穏やかな明かりが燈る。



細められた眼に魅入られて、李斎は思った。


 笑むと、血のように赤い瞳もまるで火を燈したように暖かな赤に見える。



もうすぐ本格的な冬が来る。
戴の民にとっては、たとえ小さな灯火でさえも日々のぬくもりを与えてくれるものだ。

まして、彼は、彼らはこれからの戴の希望の灯。
ぬくもりと安寧を与えてくれる王と麒麟。







あれからわずか半年あまりでの唐突な破局。

われらの王は今どこにいるのか。麒麟は。驍宗は。泰麒は。

李斎はときどき崩れてしまいたくなる。諦めてしまおうかと思う。
けれど、今自分がそうしたら、もう、二人のあの笑顔を見ることができないのだと思い。


私はもう一度、二人の心からの笑顔が見たい。



そうしていつも決心を新たにする。





「さぁ、飛燕。…行こう。」

私は、諦めない。
                                 END。

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