Blaze&Blade
       〜砂の魔女〜
[後編]
 <砂の魔女>
あちこちから鳥の鳴き声や、啄木鳥が木を突く音が聴こえて来る。
その自然の営みに耳を傾けながら、一行は北東に向け足を進めている。
遺跡を離れてから一時間程。大きな樹の根を飛び越えてから、フェリアンが口を開く。
「さっきの”アレ”が、仮面野郎の言ってた”何か”なのかしら?」
「そうでしょうね、きっと。それにしても、本当に手掛かりが見つかるなんて・・・」
「やっぱり不気味よね、アイツ。何考えてんだかサッパリ解らないし・・・。」
腕を組み首を傾げる少女に、飛んでいる少年が頭の上から声を掛ける。
「どーでもいーけど、このまま行くと砂漠だよねぇ?」
「そう言えばそうね。そろそろ森も終わりっぽいし。」
チラッと上を見た後に、少なくなって来た木々を見回し、フェリアンはそう答える。
「・・・っと、この状態のまま砂漠に入るのは危険ですよねぇ。」
ロエミールが、この上無く重要な、生死に拘わる重大な事に礑と気が付いた。
砂漠に入るには、今の格好のままでは余りにも危険だと云う事に。
十分な量の水と、水分を逃がさない為の全身を包む服。気温の変化にも対応出来る物だ。
更に食料だって必要であろう。そのどれを取ってみても、今は不完全としか言えない。
「そうよねぇ・・・この辺に村でも在れば良いんだけど・・・」
「・・・民家だ・・・。」
「そうそう、民家でも良・・・って、どこに!?」
「あ、ホントだ。ほらフェリアン、あそこあそこっ!」
「村・・・では無い様ですね・・・民家の集まり、と云った所でしょうか・・・。」
それは村と呼ぶには余りにも規模が小さく、別荘地と云う感じであった。
五件程の民家が並ぶその場所には、他には何も無い。小さな井戸が在る位だ。
「色々と譲って頂けると助かるのですけれどね・・・。」
「試しに聞いてみようヨ。もしかしたら、何かくれるかも知れないしさ。」
「まぁ、聞くだけ聞いてみて、駄目だったらまた考えましょ。」
そんなこんなで、ここの住人に頼んでみる事に決定し、一行は民家の前までやって来た。
「すみませ〜ん、どなたかいらっしゃいませんか〜っ?」
ロエミールが声を掛けてから少しして、その家の住人(おばちゃん)が出て来る。
「何だい、あんた達。こんな辺鄙な所に何か用かい?」
「えぇと、僕達は冒険者なんですけれど・・・」
「見りゃぁ判るよ、その位さ。」
「え、えぇ。それでですねぇ・・・」
・・・と、砂漠に入る為の装備を譲って、又は貸して欲しい旨を伝える。
「砂漠にねぇ・・・危ないよ、あそこはさぁ。」
「そんなの解ってるわよ。だから装備が必要なんじゃない。」
「フェ、フェリアン!・・・ですから、色々と入り用な訳です。」
「そんな事言われてもねぇ・・・今ウチはそれどころじゃないのよぉ。」
「何かあったの、おばちゃん?」
「あら、フェアリーなんて珍しい。そうなのよぉ〜。」
それを切っ掛けに、おばちゃんは手招きをする様な仕草で話し始める。
「昨日ねぇ、何か地響きがするから表に出て見たらさぁ・・・」
「うんうん。」
「大きな巨人が歩いてたのよぉ!」
「えっ巨人!?」
「そ〜なのよぉ。それでねぇ、その巨人と来たら、ウチの家畜を一匹盗って行ったのよ!
 まったく、何なのよアレは!それが悔しくて悔しくてねぇ・・・」
「な〜んてヤツだぁ!」
「そう思うでしょ!?だから、取っ捕まえてやろうと思って。」
「そ〜だそ〜だ!・・・と、取っ捕まえる!?」
一々相槌を打っていたルゥケットは、大袈裟に驚いて見せる。
それを見たフェリアンは、それに合わせて後に続ける。
「アタシ達、その巨人を追い掛けてるのよ。アイツ、砂漠に行ったんでしょう?」
「そ、そうです。あの巨人を懲らしめる為に、砂漠に行くんですから・・・。」
ロエミールが追い打ちを掛ける。その言葉に、おばちゃんの表情は明るくなる。
「えっ、そうなのかい?だったら先にそれを言いなさいよぉ!・・・ねぇ、あんた!」
家の中に居る(であろう)夫に声を掛け、おばちゃんは砂漠装備一式を取りに行く。
その様子を見て、フェリアンとルゥケットは顔を見合わせ北叟笑む。
「ほらこれ。四人分ね。ちゃんと食べ物もあるから、それを食べて、
 アイツにギャフンと言わせておくれよ!頼んだよ!」
「任せてよ!アタシ達にかかれば、あんなヤツ一捻りよ!」
「頼もしいねぇ。それじゃぁ、気を付けてお行きよ!」
「判ってるって!じゃぁ、コテンパンにして来るからね!バイバ〜イ!」
「あの、有り難う御座いました!」
体良く砂漠装備を人数分手に入れ、一行は砂漠へ向かう事にした。
「何か騙した様な気分がするのですが・・・」
「そんな事無いわよ。一つも嘘なんか吐いて無いんだから。」
「そ〜だヨ。気にしない気にしない。」
「・・・そうですね。巨人を懲らしめれば良いんです。それなら嘘になりませんから。」
「そうそう。頑張ってね、ロエミール。」
「えっ!?ぼ、僕ですかっ?」
「嘘にしたくないんでしょ?」
「そ、そうですけど・・・皆さんも手伝って頂けるんでしょう?」
「誰がそんな事言ったの?」
「そ、そんなぁ・・・」
「・・・バッカねぇ〜、冗談よ。大体アンタ一人じゃ何にも出来ないじゃないの。」
そう言って大声で笑うフェリアン。つられてルゥケットも笑う。
そんな会話を交わしながら歩いていると、森が終わり、その先には崖が見えて来た。
崖を見下ろすと、そこには見渡す限りの砂漠が広がっている。
これからの旅路を考えると、かなり気が滅入る。それ程、眼下の砂漠は果てし無い。
ふと見ると、今居る場所の真下辺りから砂漠の奥へと、一本の筋が有る様な気がする。
「アレって、巨人の足跡かなぁ?」
「足跡の跡って感じだけど、そうなんじゃないかしら?」
「人間の足跡程度ならば、少し経てば消えるでしょうけれど、もっと巨大ですからね。」
「要するに、完全に消える前にアレを辿って行け、って事よね。」
「それには、この崖を降りないといけませんね・・・」
少し考えるロエミールに向かって、ルゥケットが崖の一部を指差して言う。
「あの辺なら普通に降りれそうだヨ?」
「その様ですね・・・でも、注意しなければいけませんね。」
「そうそう。今度は落ちない様にしなくちゃね、フェリアン?」
「うるっさいわねぇ。大体、あれはアンタが・・・」
「ほっほら、早く行こうよ!足跡消えちゃうよ!」
マズイ事を言った、と思ったので、早々に崖を降り始めるルゥケット。
幸い彼は飛んでいるので、フェリアンに追い付かれる事はなかった。
丁度良い階段状の岩場を降りながら、一人だけ楽なルゥケットが話し始める。
「ねぇ。あのゴブリンのバリケードって、巨人が壊したのかなぁ、やっぱり。」
「あの方達が遺跡に入ったのは数日前らしいですから、確かにそうかも知れませんね。」
「そうねぇ。時間的にも合ってるし、あのド派手な壊れ方だから、多分そうでしょ。」
あの方達とは、モヒカン兄貴や熱血戦士、そして宿屋の常連達の事だ。
「だとすると、やはり”一撃で”でしょうねぇ。」
「歩いてたら足が引っ掛かった、ってトコでしょ。」
「う〜ん・・・フェリアンでも”結構大変”なのに、それをイッパツかぁ・・・」
「ちょっと、それどーゆー意味よ!?」
「そのまんまの意味だヨ〜。」
足場が悪く、直に来れないのが分かっている為、イタズラ少年は余裕の表情を見せる。
「アンタねぇ・・・下に降りたら覚えてなさいよ!」
「あ・・・な、何言ってんのフェリアン。巨人と比べれる訳ないじゃん!・・・ねぇ?」
「・・・そうか・・・?」
またもや失言。しかも、それを誤魔化そうと話を振った相手を間違った。
こう云う場合のカーシァに、フォローは期待出来ない。全く役に立たないと言って良い。
その間に、フェリアンは凄まじい勢いで崖を駆け降りる。落ちる気配は微塵も無い。
普段では決して見れないスピードで巧みに岩を伝い、見る見る小さくなって行く。
三人が唖然としている内に、彼女はもう崖を降り切ってしまった。
「こら〜っ!早く降りて来なさいよ〜っ、ばかルゥケット〜っ!」
と、下から叫んでいるのが聞こえた。怒っているのが容易に見て取れる。
(一人で行ったら危ない!)そう直感した当人は、皆と一緒に降りる事にした。
「このっこのっこのっ!」
「ゴ、ゴメンよぉ〜っ・・・」
ヘッドロックをしながら、頭をポカポカと叩く。彼は降りて来た途端に捕まったのだ。
「もう許してあげたらどうです、フェリアン?」
「じゃぁ、先に進みましょ。」
と言って、その状態のまま歩き出す。当然ルゥケットは、
「え〜っ?そんなぁ〜っ!」
どうにもならないのは分かっていても、言わずには居られない。
魔法使いの少女に引き摺られながら、少年は「今度は捕まらないゾ!」と心に誓った。
巨人の足跡(らしき物)を辿りながら砂漠を歩いて小一時間。
顔を覆っている布を外して、フェリアンがぼやき始めた。
「一体いつになったら追い付けるのよぉ・・・」
そろそろ頃合いだな、と思っていたロエミールが、用意しておいた言葉を口にする。
「彼らが滞在している所までは無理ですよ。」
「ねぇ、それって・・・」
「そうです。つまり”まだまだ全然追い付けない”と云う事です。」
はぁ〜っ・・・と溜め息を吐く彼女。そこで水袋を取り出し、中身を少し飲む。
意外にも、水を節約しているらしい。長丁場になるであろう事は理解している様だ。
だから、ちゃんと考えている、と云う事は確かだろう。尤も、それが常識なのだが。
「追い付けないのは分かってるけどサ、問題は”何処に居るか”じゃない?」
心なしか羽撃くのが怠そうなルゥケットが、振り返って意見を求める。
「そうなんですよね・・・砂漠の途中に根城が在れば良いのですが・・・。」
「要するに、運任せな訳ね。そもそも、砂漠を渡り切るのは無理だから・・・」
「一日か二日行ったら、引き返す事になるでしょうね、残念ですが。」
「それまでに見付かると、物凄〜く助かるんだけど・・・。」
「それに、迷わない様にしなくちゃ。帰れなくなった、なんて嫌だからネ。」
「方角が判れば大丈夫でしょう。砂漠なら、太陽もそうは隠れませんし。」
「あぁ・・・。」
「カーシァが居てくれると心強いなァ、こーゆー時は。」
「でも、油断は禁物・・・でしょう?」
フェリアンのその言葉に、カーシァは静かに頷く。
「アイツ等が見付かれば、ドラゴン呼んで送って貰えるんだけど。」
「それって、ドラゴンに乗るって事?・・・オイラ乗って見たいなぁ。」
「それには、彼等にこの辺りに住んで居て頂かないと・・・そう祈りましょう・・・。」
「今から祈っても、住処が変わる訳じゃないと思うケド・・・。」
「・・・それなら、彼等がこの辺りで休んで居る様に祈り・・・」
「だから、今祈ってもどうにもならないでしょうが、一日前の事なんか。」
「・・・・・・・・・。」
この時彼は(どうか僕に”反論”を御授け下さい・・・)と祈ったと云う事だ。
暫く行くと、一際大きな砂丘があり、それを越えるとその先に、小さく何かが見える。
「・・・ねぇ、あれ何だろ?」
「小さくてよく見えないわよ・・・。」
「あれは・・・オアシスではないですか!?」
「えっオアシス!?ねぇ皆、早く行こうヨ!」
「待ちなさいよぉ!アタシ達は歩いてんのよ!大変なんだからね!」
砂漠の砂は、水分を殆ど含まない為、非常に柔らかい・・・と言うか、脆い。
だから、どんなに用意が良くても、足を取られて歩き難い事この上無い。
その為に、著しく体力を消耗してしまう。砂漠の恐ろしい所の一つだ。
「ねぇ〜っ、早くぅ〜っ!」
足を取られる事の無いルゥケットだけがかなり先行し、そして三人を急かす。
「ちょっと・・・待ちなさい・・・ってば・・・」
無理に急ごうとしている為に、覚束無い足取りでフェリアンが追い掛ける。
こう云う歩き方が一番疲れるのは言うまでも無い。
彼女にだって、その位の事は解っている。が、それでもついつい・・・と云うヤツだ。
「二人共〜っ、余り離れないで下さいよ〜ぉ!」
「そんな事、ルゥケットに言ってよねぇ!」
あれだけ頑張ったのだが、実を言うと、フェリアンは余り進んでいない。
普通に歩く方が、効率は良い。いや、急ぐと効率が悪くなる、と言った方が正解だろう。
「はふぅ〜っ、はふぅ〜っ、はふぅ〜っ・・・」
妙な呼吸をしながらフェリアンが立ち止まり、その場に座り込む。
そしてそのまま、ズリズリと移動を始める。横着し始めた・・・らしい。
「フェ、フェリアン?」
直ぐに追い付いて来たロエミールが、何事かと云う様な言葉を彼女に掛ける。
「・・・この方が楽なんだもん。」
ずばり言って退ける。確かに、足を取られはしないが・・・反面、スピードは至極遅い。
「そんな事をしていたら、日が暮れてしまいますよ・・・。」
「・・・はいはい、分かりましたぁ・・・っと。」
嫌そうに立ち上がり、ごく普通に歩き始める。服に付いた砂を払おうともせずに。
困り顔だったロエミールが、今度は複雑な表情をする。素直に喜べない行動だったから。
「早くしないと、ルゥケットのヤツ一人でドンドン先行っちゃうわよ。」
冷た〜い言葉を残して、スタスタと進んで行ってしまう。
「ど、どうしたんでしょう・・・?」
訳が解らず、首を捻りながら後ろを付いて行くしかない青年であった・・・。
「ねぇ〜っ、オアシスなんて無いよ〜ぉ?」
オアシスが在ると思われた辺りまで行って、いや、それよりも随分進んだ所で、
周囲をキョロキョロと見回しながら、少年は不思議そうに呟いた。
「やっぱりね・・・」
「何が”やっぱり”なのさ、フェリアン?」
「そりゃアンタ、こう云う場合”蜃気楼だった”ってのが定番じゃない。」
「しんきろお・・・?」
「アンタ、蜃気楼も知らないの?」
「ウン。」
「ウン、ってアンタ・・・まぁ良いわ。蜃気楼って云うのはねぇ・・・」
コクコクと頷きながら、真剣に聞き入るフェアリーの少年。
「無い物が見える事よ。」
「は?」
「だーかーらー、本当はそこに無い物が、そこに在る様に見える事。解った?」
「何で無い物が見えるのサ?」
「そ、それは・・・げ、幻覚みたいな物よ・・・多分・・・」
最後の方は、殆ど聞き取れない位の大きさの声で、ボソッと付け足す。
「ふ〜ん・・・って事は・・・オアシスなんか無かった、って事?」
「まぁ、そう云う事になるわねぇ。」
「なぁ〜んだ、ツマンナイの。折角オアシスだと思ったのにぃ・・・」
ガッカリした様子で、両手をだらりとさせる。が、次の瞬間、
「・・・ところで、オアシスって何?」
それを聞いた三人は、ガクッと身体から力が抜けるのを感じた。
「アンタねぇ・・・何かも知らないで騒いでたの!?」
「えへへぇ・・・」
頭を掻きながら、照れ臭そうに笑うルゥケット。
「もぉ良いわ・・・先に進みましょ・・・」
怒るのも馬鹿らしくなったのか、フェリアンは言葉少なに歩き始める。
「そうですね・・・早く先へ行きましょうか・・・。」
続いてロエミールも。カーシァまでもが、つられて歩き出す。
「あ、あれ?どーしたの皆?・・・ねぇ、オアシスって何〜っ?ねぇってばぁ〜っ!」
疑問が解決しないまま、少年は三人の後を追い掛ける事となった。
延々と続く砂漠を歩いて、既に数時間。そろそろ西に日が傾いて来た。
夕日と呼ぶにはまだ早いが、太陽が落とす影は随分と長い。
このまま行くと、軈ては夜になる。当たり前の事だが、砂漠では重大な変化だ。
そう、砂漠の夜は、昼間とは打って変わって、非常に冷える。凍えると言っても良い。
乾いた砂の大地は熱を蓄える事が出来ない為、日中では考えられない程に気温が下がる。
砂漠とは、その寒暖の差こそが最大の特徴であり、また最大の恐怖なのだ。
昼の顔と夜の顔。見掛けは違う、しかし本質は同じ二つの顔を併せ持つ、
「死の空間」、それこそが砂漠の真の姿なのである。
その二つの顔が入れ替わる瞬間が、一番過ごし易いと云う事になるだろう。
「・・・あっつ〜い・・・水浴びした〜い・・・」
だらけているのが容易に見て取れるフェリアンが、我が儘を言い出した。
駄々を捏ねる余力が無いのが唯一の救いかも知れない。
「暑いと思うから暑いんですよ。心頭滅却すれば火もまた涼し、と言うでしょう?」
「・・・じゃぁアンタは、火が熱くないの?」
「そ、そうではなくて、例えですよ、例え。」
「なら熱い物は熱いんでしょ?だからアタシも、暑いから暑いって言ってんの。悪い?」
「わ、悪くはありませんけど・・・」
「じゃぁ、ウダウダ言ってんじゃないわよ。アンタだって暑いんでしょう?」
「・・・はい・・・」
「よろしい。人間、素直に生きなきゃね。」
巧い事フェリアンに言い包められ、オロオロしてしまうロエミール。
だが、彼に助け舟を出す者は誰も居ない。いや、出来ない。
一行の中に、フェリアンに口で勝てる者は居ないからだ。
それで無くとも、元々カーシァは口を挟まないし、ルゥケットはそんなに気が利かない。
要するに、助けを期待してはいけない、と云う事だ。
そんな遣り取りをしながら歩いていると、砂丘の上まで登ったルゥケットに呼ばれる。
「ねぇ、また何かあるヨ?」
「ど〜せまた蜃気楼よ・・・」
頭ごなしに否定するフェリアン。だが、そこに少年は付け加える。
「でも、直ぐそこだヨ?」
砂丘の向こう、直ぐ下を指差しながら、手招きをする。
「池があるんだけど・・・蜃気楼なのかなぁ・・・?」
「池・・・?」
その言葉に、ロエミールが反応する。直ぐ近くに池がある・・・。
本当に直ぐ近くなら、蜃気楼である可能性は低い。それが「池」だとなると・・・。
「まさか・・・?」
と呟き、ルゥケットの元へと歩いて行く。実際にその目で確かめる為に。
少し間があって、漸く砂丘を登り切ると、眼下に緑が広がっていた。
「・・・フェ、フェリアン!カーシァ!き、来て下さい!は、早く!」
「何なのよ、もぉ・・・はいはい、今行きますよぉ・・・」
やる気無く歩み寄ると、興奮気味の青年に、下を見るよう促される。
するとそこには、先程は蜃気楼だった物・・・オアシスが、澄んだ水を湛えていた。
「オ、オアシス・・・本物のオアシスじゃない!」
この時フェリアンにも、ロエミールと同じ様に、一面の緑が見えたに違いない。
実際には、お世辞にも大きいとは言えない、猫の額程の水溜まりだったのだが、
砂漠の中のアクセントとしては、十分過ぎる位に強烈な印象であった。
「あれがオアシスなんだ・・・わ〜い、オアシスだぁ〜♪」
喜び勇んで砂丘を駆け降りて行くフェリアンの後ろから、
誰かが聞いたら脱力しそうな台詞に続いて、驀地にオアシスへ向かうルゥケット。
「・・・どうした・・・?」
「え・・・あ、何でもありません・・・行きましょうか。」
彼女達二人を呼び付けた後で、オアシス発見の余韻に浸っていたロエミールは、
自分が呼んだカーシァに声を掛けられ、はっとした様に返事を返した。
「・・・追い風が強いな・・・。」
オアシス目指して歩きながら、珍しくカーシァが独り言の様に呟く。
「何です?・・・追い風・・・ですか?そう云えばそうですね・・・。」
追い風。進行方向と同じ向きに吹く風。たまたま進む方向が一緒だっただけだが・・・。
「・・・判らない筈だ・・・。」
「?・・・あ、なるほど・・・。」
そう言ってから、彼は口元を少し緩ませる。
水と緑の匂いが判らなかった事が少々悔しかったらしい、と云う結論に達したからだ。
そうで無ければ、自分を正当化する様な発言をする必要は無い。
多分彼女自身も、自分が呟いた言葉の、真の意味には気付いていないだろう。
・・・いや、或いはそれを口にした事すらも・・・。
その証拠に、ロエミールの声はカーシァには聞こえていない様だったから。
「何してんのよ二人共〜っ!気持ち良いわよ〜っ!」
見ると、膝まで水に浸かったフェリアンが、ルゥケットと水を掛け合っている。
「ひゃーっちべたーっ!お返しぃ〜うぉーたーすぷらぁーっしゅっ!」
ばしゃばしゃばっしゃん!と、大量・大粒の水飛沫が、フェリアン目掛け飛んで行く。
「ウソ!?・・・きゃぁっ!」
ぼっしゃ〜ん・・・フェリアンは見えなくなってしまいました(笑)
「ぶいっ!」勝ち誇った様にVサインをするルゥケット。
しかし一体、何処に向かってポーズを決めているのだろうか、コイツは(笑)
そして、姿を消した(笑)フェリアンはと云うと・・・。
ボコボコボコ・・・ザバァ!と出て来るな否や、
「ぅえほっえほっ・・・いった〜い!何よこれぇ〜!?」
頭を押さえながら、足元に何かが在る事を誰とは無しに訴え掛ける。
「どうしたんですか、フェリアン?」
追い付いて来たロエミールが、何やら言いたい事があるらしき幼馴染みに問うて見る。
「どうしたも何も・・・コレよコレっ!」
と言いながら、謎の物体を水底から引っこ抜く。
「よい・・・っしょと。・・・何よ、コレ?」
一見すると石の様だが、それにしては硬そうだ。叩いて見ても、音は石なのだが、硬い。
金属では無い感じなので、何か硬い鉱物なのだろう。石より硬い石、としか言えないが。
よく見ると、元々は何かの石像だった、と云う様な形をしている。
「これは・・・獅子の頭の様ですね・・・。」
「”しし”って何?」
いつも通り、知識量の少ないルゥケットが聞き返す。
「ライオンの事ですよ。ザーマス邸の門に象られていたアレです。」
「あー、アレかぁ。」
扉をノックする時に使う、アレである。そこにロエミールが付け加える。
「僕も文献で見ただけで、実物は見た事ありませんけどね。」
「あ、キマイラの頭にあるよねェ?」
「そうですね。アレを”実物”と云うならば、見た事はありますね。」
キマイラとは、獅子・山羊・竜の頭を持つ、合成獣と呼ばれるモンスターだ。
「ねぇ、これ口に穴が空いてるわよ?」
「穴ですか・・・。ではやはり、水が出る様になっていたのでしょう。」
「そうねぇ。お風呂か噴水か、ってトコね。」
人差し指を立てて、フェリアンが言う。と、その指をギュッと掴んで、
「このオアシスがお風呂だったの?」
妖精の少年には、それが不思議で堪らなく思えた。だが、
「いえ、そうでは無くて、以前・・・大昔に在ったのでしょう、この辺りに。」
「どうしてサ?」
「この石像は、かなり古い年代の物の様ですから・・・おや?」
何かに気付いたロエミールに、フェリアンが声を掛ける。
「どうかした?」
「これは・・・下半分が、魚になっていませんか?」
「そういえば・・・そうねぇ・・・。」
「う〜ん・・・言われて見れば・・・。」
全員で石像を凝視。穴が空く程見詰めた後、
「と云う事は・・・これは”マーライオン”なのかも知れませんね・・・。」
「ねぇ、マーライオンって?」
その言葉を受けて、いつもの様に魔術師の少女に意見を仰ぐ。
「マーライオンってのは・・・まぁ、海の守り神みたいなモンよ。」
「伝説では、海神の使徒ですけれど。要するに、海の天使の様な存在ですね。」
「ふぅ〜ん・・・天使かぁ・・・飛ぶの?」
「下半身は魚ですし、飛ばないと思いますよ。」
「まぁ、所詮は伝説よ。本当に居たかどうかだって怪しいぐらい。」
戯た様に肩を竦めて見せるフェリアン。がっかりするルゥケット。
「なぁんだ、ツマンナイの。・・・で、マーライオンだったらどうなのサ?」
「それです・・・。もしこれが本当にマーライオンだったとすると・・・」
「すると?」
「過去にこの一帯は、海だったのかも知れない、と云う事です。」
「海!?この砂漠が?・・・またまたァ。」
その言葉を、少年はちっとも信じようとしない。当然と云えば当然・・・かも知れない。
「仮説よ、仮説。確かめようが無いもの。でも、そう思いたいじゃない?」
「ねぇ。何でそう思うのサ?」
そろそろ考え疲れて来たルゥケット、それでも更に問い掛ける。
「ですから、海神信仰があったのなら、海に近かった可能性が高い訳ですよ、ここは。」
「ふ〜ん・・・そんなモンかぁ。」
「そんなモンよ。・・・って事は、この近くに遺跡が在るかも知れないわね♪」
爪先立ちして、キョロキョロと辺りを見回す。が、目に付くのは一面の砂のみである。
「もし在ったとしても、きっと砂の下でしょう。発見なんて出来ませんよ。」
「わ、判ってるわよぉ。もしかしたら、じゃない。もぉ!」
辺りが夕日に照らされようとしている中、一行は暫しの憩いに身を委ねた。
「・・・さて、と。どうするの、これから?」
「そうですね・・・折角のオアシスですから、今日はここでキャンプが良いかと・・・」
「そーねぇ。キャンプするなら、早目に準備したいし。お二人さんは?」
と言って、カーシァとルゥケットに意見を求める。
「いーんじゃない?ね、カーシァ?」
コクリ。一つ頷く。全員一致で難無く可決。ここで一泊する事に決定した。
「それは良いんだけど、明日はどうするの?」
「どうするって・・・このまま足跡追い掛けるんじゃないの?」
フェリアンの問いに、ルゥケットは然も当然の如く答えて返す。
「それだったら誰も聞かないわよ。肝心の足跡が無いから言ってるんじゃない。」
そう言われ、慌てて周囲に目を配るフェアリーの少年。
「え、ウソ!?・・・何だ、あるじゃん。フェリアンのウソツキ。」
「あれはアタシ達の足跡でしょうが!アイツ等のは何処にも無いでしょ?」
語気を荒げて両手を広げ、自分の意志を強調する。
「そう言われて見れば、ありませんね、巨人の足跡・・・。」
「だから、どうしようかって聞いてるのよ。」
そこでロエミールは、先程のカーシァの言葉を思い出す。
「そう云えば、この辺りは風が強いですから、それで・・・。」
「・・・あぁ・・・。」
本人も同意する。この辺りの砂の流れが速いであろう事は、最早疑い様も無い。
「地形的な問題ね。風の通り道なんでしょ。全く、運が良いやら悪いやら・・・。」
「えぇ。無造作に歩き回るのは危険ですしね・・・。」
「じゃぁ、どーするのサ?」
漸く話が元に戻って来たので、ルゥケットはここぞとばかりに結論を急ぐ。
「そうねぇ・・・明日考える、ってのはどう?」
「そんな身も蓋も無い事を・・・。」
その言葉に、呆れ顔で突っ込みを入れる。
「じゃぁアンタ、何か案出しなさいよ。」
すると透かさず切り返す。
「え、え〜と・・・ひ、一晩考えると云う事で・・・。」
「何だ、結局一緒じゃん。二人はやっぱり幼馴染みだねェ。」
悪戯好きな小悪魔的表情を浮かべ、片手で口を隠す仕草をする。
「う、うるっさいわね!・・・アンタ達、キャンプの準備しときなさいよ!」
「あ、フェリアンどこ行くのサ!?」
「探索よ、探索!」
そう言って彼女は、夕日に染まる砂丘をズカズカと歩いて行ってしまった。
「全くあのガキンチョは・・・!」
ブツブツと呟きながら、緩やかな坂を上って行く。この人、カルシウム不足だろうか?
「・・・にしても、これからどうしようかしら・・・。」
更に独り言。左手を右肘に、右手を顎に当てる、彼女の熟考のポーズと砂の世界は、
砂漠に差す夕日に照らされて、恰も一枚の絵画の様であった。
が、幾らそれが芸術的であっても、それを受け取る者は誰も居ない。
ガラス玉に埋もれた宝石は、誰にも気付かれる事は無い。仮令、視界に入ったとしても。
それに当たり前だが、美しいからと云って、考えが纏まる訳では決して無い。
案の定思案に暮れたまま、ウロウロと歩き回るフェリアン。
それを遠くから眺めるルゥケット。テントを張りながら、たまにチラッと見るだけだが。
「フェリアン楽してるなァ・・・ズルイや。」
「あ、ルゥケット。ちょっとそこのロープを取って頂けますか?」
「うん、良いよ・・・アレ?」
「どうしました、ルゥケット?」
何かに気付いた様子の少年に、青年が問い掛ける。
「今、フェリアンが急に消えたヨ・・・?」
「フェリアンが?」
「うん。あそこに居たんだけど。」
と言って指を差す。当然フェリアンは居ない。
「オイラちょっと見て来るねェ!」
(イシシシ・・・これでサボれる〜♪)と内心北叟笑みながら、その場を離れる。
「あぁ、ちょっとロープ!」
ロープを持って行ってしまったルゥケットを追い掛けて、ロエミールが後を追う。
その手には、テントを固定する為の杭が握られている。
そして更に、先程の石像を移動させていたカーシァの横を二人が通り過ぎる。
「・・・?」
すると、彼女もそのまま二人の後を付いて行く。
そうして、手に手に妙な物を持った三人組は、フェリアンが居たらしき場所まで来た。
「確かこの辺だったと思うんだけどナ・・・。」
キョロキョロする少年。神官の青年も同じく辺りを見回す。
「何処へ行ったのでしょう?隠れる所も無さそうですし・・・。」
「こーゆー時は、足跡を辿るんだったよネ・・・こっちこっち。」
手招きしながら足跡を追う。すると目の前に小さな穴が空いていた。
「あ、何か穴があるよぉ〜?」
そう言って、ルゥケットは穴を覗き込む。すると・・・
「アッ!フェリアン見ぃ〜っけ!」
穴の真下数メートルの所に小さな砂山があり、
その上に腕組みをしたまま不貞腐れつつ仰向けに寝ている少女と目が合った。
「あらら・・・これはまた厄介ですね・・・。」
並んで穴を見下ろしたロエミールは、そう口にした。
ここで「厄介」なのは、勿論不機嫌そうなフェリアンその人である。
「・・・取り敢えず降りてみる?」
「そうですね・・・このままにしておく訳にもいきませんから。」
溜め息を吐いて、二人は顔を見合わせた。そして一つ頷く。
すると、後ろに立って居たカーシァが、石像を置き、杭にロープを縛り付けた。
それを地面に刺し、石像で叩いたら、そのままその上に石像を乗せる。
更にそこにルゥケットを立たせると、徐にロープを掴み、穴に降りて行った。
彼女が下に着くと、続いてロエミールが降りて来る。
そして彼も降り切ると、最後にルゥケットがロープを使わずにやって来た。
「・・・遅かったじゃないの。」
ぶすっとしたフェリアンが、上半身を起こしながらそう言った。
「フェリアン・・・怪我はありませんか?」
まぁ大丈夫なんだろうと思いながら、一応尋ねてみる。こういう所に、彼の性格が出る。
「ここ・・・何だと思う?」
質問に対し、質問で返す。あまり良い事ではないが、まぁ良しとしよう。
「ン〜と・・・遺跡みたいだけど・・・。」
「神殿よ。そこに神像があるでしょ。」
少年の言葉に続けて、壊れかけた石像(先程と同じ石で出来ているらしい)を示した。
それは、頭や片腕などが崩れ落ちていたが、三つ又の鉾を持っているのは確認出来た。
「どうやら本当に海神信仰があった様ですね・・・。」
「遺跡は発見出来ないんじゃなかったかしらねぇ・・・?」
感心する様に辺りを見回す青年に、どうだと言わんばかりに付け足すフェリアン。
「そ、そんな事言いましたか?”見付けるのが非常に困難だ”と言った様な・・・?」
「ふぅ〜ん・・・まぁ良いわ。取り敢えず、中を調べましょ。」
ジト目で見られて、ロエミールは冷や汗たらたら。言い訳も苦し紛れ。
そして促されるままに、神殿の奥へと足を踏み入れようとしたその時。
「!?・・・伏せろ!」
突然のカーシァの叫びに、一同は反射的に身を屈める。
すると四人の頭上を、何か巨大な黒い影が一つ通り過ぎた。
咄嗟に剣を抜き放ち、その「何か」に斬り掛かる女戦士。
が、その一撃は甲高い金属音と共に受け止められる。彼女の右手に僅かに痺れが走った。
「何っ?何なのっ!?」
その音に驚いたのか、直ぐさま顔を上げたフェリアンは、音源の方を見て叫んだ。
するとそこには、カーシァの剣を咥え込んだ獅子の頭が見えた。
だがしかし、そこにあったのはそれだけでは無い。
獅子の頭の他に、山羊の頭と、竜の頭が生えていた。
「これは・・・キマイラ!何故こんな所に!?」
「あ、アレだよね、獅子の頭って・・・って、そんな事言ってる場合じゃないや!」
その魔物・・・キマイラを見てルゥケットは言ったが、
驚愕しているロエミールに気付いて、臨戦態勢を執る。
「くっ・・・!」
カーシァは剣の自由を取り戻そうと右手に力を入れるが、
ガッチリ咥え込まれたそれは、全く動く気配が無い。
そこへ竜の頭が、彼女を噛み砕こうと首を擡げる。
それを察知したカーシァは、右手を放し、後ろへ跳びじさった。
「カーシァ!だいじょぶ!?」
「あぁ・・・しかし・・・。」
心配顔で近付いて来たルゥケットに、彼女は無事だと答えた。
が、武器を失ったのは痛い。そして更に・・・。
ギリギリギリ・・・バキーンッ!
何とキマイラの獅子の口は、カーシァの剣をいとも容易く噛み砕き、残骸を投げ捨てた。
「チィッ・・・!」
これで完全に武器が無い。彼女に大きな危機感が襲い掛かる。
一応予備の短剣くらいはあるが、それではどうにもならないだろう。
すると今度は、山羊の頭が何やら声を発し始める。
意味の全く解らない、しかし聞き慣れた言葉が、その口から聞こえて来る。
「魔法!しかも・・・ブレイズ!?」
「神よ・・・我らを御護り下さい・・・。」
驚きの声を上げるフェリアン。彼女にはそれが何なのかが理解出来る。
それは彼女自身が得意な炎の魔法。その威力は強大だ。
「駄目!間に合わない!」
「・・・ブレイズ・・・!」
キマイラが呪文の最後の一言を不気味に唱えると、その眼前から巨大な炎が巻き起こる。
その炎がフェリアンとロエミールの二人を飲み込む・・・と思われた瞬間、
「・・・レジスト・フィールド!」
神官であるロエミールが、神への祈りによって引き起こした奇跡・・・
魔法の障壁が、彼ら二人を包み込み、死の業火からその身を護る。
「良かった・・・もう駄目かと思ったヨ・・・。」
少し離れた場所でそれを見ていたルゥケットは、安堵の息を漏らした。
だが次の瞬間、三つ首の魔獣が猛然とその障壁に突進して行く。
「しまった!この魔法では・・・!」
幾ら神の力を借りるとは言え、人の起こせる奇跡には限界がある。
・・・そう、この障壁は”魔法しか阻めない”のだ。
無論、魔獣の体当たりが魔法な訳は無い。つまり、未だ危機に直面しているのである。
脆弱な彼らがその一撃を喰らったら、タダでは済まないだろう。
キマイラが今まさに二人に襲い掛からんとする時、矢の様に走り込む人影が。
ブシュッという肉を切り裂く音を立てて、中程で折れた剣が魔獣の首筋に食い込む。
「ギャァァァッ!」
キマイラは堪らず悲鳴を上げる。が、致命傷にはまだ程遠い。
その竜の首が剣を突き立てる女性・・・カーシァに向けられると、首筋に向かい、動く。
すると彼女は左手の楯を突き出し、その口に噛み付かせる。
バキバキと砕ける楯を捨て、距離を置こうとするカーシァに、鋭い爪が襲い掛かる。
それを躱して・・・いや、右肩を掠められ、バランスを崩す。
肩当てが飛び、上腕を切り裂かれる。更に地面を蹴ったキマイラの体当たりを喰らい、
そのまま数メートル、壁にまで吹き飛ばされ、背中から叩き付けられる。
「ぐぅっ・・・!」
カーシァの呻き声は、壁の崩れる音で掻き消された。
彼女の身体は壁を突き破り、砂埃の向こうに消えて見えなくなる。
「カーシァぁっ!」
ルゥケットは、思わずそちらの方へと急いだ・・・が、そこで気が付いた。
目の前に魔獣が迫っている事に。そこへ、
「こんのぉ〜っ!ブレイズっ!」
フェリアンが先程キマイラが使ったのと同じ炎の魔法を放つ。
が、大した効き目が無い。どうやら、魔法に対してある程度の耐性があるらしい。
三つの首が、一斉に彼女の方を向く。そしてまたもや突進を始める。
「神よ!・・・シールドッ!」
そこへロエミールが割って入る。今度は物理攻撃を遮る障壁をその身に纏って。
勢い余った魔獣はその壁に弾かれるが、吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直す。
そしてもう一度飛び掛かり、魔法の障壁に覆い被さる。
・・・その口からはまたしても奇妙な言葉が・・・。
「ロエミール!逃げてっ!」
フェリアンの悲痛な叫びが谺する。しかしその時、魔法は完成した。
「・・・ポイズン・クラウド・・・。」
その毒霧はロエミールを包み込み、全身を蝕んで息の根を止める・・・筈だった。
だがその魔法の霧は、魔物の頭上に集まって来たかと思った途端、文字通り霧散した。
直後、ベチャッという不快な音を立てて、キマイラの首の一つ、山羊の頭が”落ちた”。
どうやらその首は、根元から奇麗に斬り離されたらしい。
付け根の部分が数度脈動し、動かなくなった。その途端にキマイラが悲鳴を上げる。
今になってやっと、自分の身体が一部分無くなったのに気付いた様だ。
大きく息を吐いた後、残りの二つの頭が、側に立つ「気配」の方を睨み付ける。
とそこには、淡い光を放つ一振りの剣を携えた、女戦士が荒い息で身構えて居た。
額や肩から血を流し、剣を握るその手にも、微かに震えが見て取れる。
先日の・・・ワイアームに切り裂かれた右肩の傷が開いたらしい。
流れ出るその血は腕を伝い、低く構えられた剣の先端から床に滴り落ちる。
「グゴオォォォッ!」
竜と獅子が同時に雄叫びを上げる。それを合図に、カーシァとキマイラが走り寄る。
魔獣の頭はそれぞれ、左肩と右首筋を狙い、彼女は獅子の額目掛けて剣を突き出す。
カーシァの右首筋を狙っていた獅子の眉間に、狙い違わずその剣が差し込まれる。
がしかし、もう一方の頭・・・竜の牙が、彼女の左肩に食い込む。
「クッ・・・!」
カーシァは右手を放し、腰に帯びていた短剣を抜き放つと、竜の喉に突き立てる。
すると刹那の後、彼女の肩を喰い千切ろうとしていた首から力が抜け、滑り落ちた。
壮絶な戦いの末、三つ首の魔獣・キマイラは絶命した。
カーシァが大怪我を負ったものの、それだけで済んだのは、幸運と言えるだろう。
何故なら・・・
「カーシァ、大丈夫ですか!?少し我慢していて下さい、直ぐに癒しますから!」
神の力は偉大なのだ。しかし彼に死人を蘇らせる事は出来ない。だから「幸運」だった。
カーシァは横になり、ロエミールの治癒の魔法で傷を塞いでいる。
その間に、キマイラの獅子の額に突き刺さっていた剣が抜け落ちた。
それが地面に落ちた時、その柄が壊れた。どうやら老朽化していたらしい。
「・・・ねぇカーシァ。この剣、どっから持って来たのサ?」
彼女が無事と判って安心したルゥケットは、いつもの様に好奇心を丸出しにして聞いた。
しかし流石に声にならないのか、ただ単に無口なだけなのか、目線だけでそれに答える。
「はは〜ん・・・壁の向こうね・・・宝物殿ってトコかしら。」
こちらもやはり安心しているフェリアンが頷きながらそちらに歩いて行く。
「あっ、ズルイやフェリアンッ!オイラが先だよぉ!」
などと言いながら、二人で向こうに消えてしまった。
「ねぇ二人共〜っ、こっち来てよォ〜っ。」
暫く経って、傷を粗方癒し終わった二人の元に、遠くから声が掛かる。
「何でしょう?・・・カーシァ、もう大丈夫ですか?」
「あぁ・・・行こう。」
そう言って立ち上がると、折れた剣と刀身しかない剣を拾い上げた。
「その剣・・・お父様の形見だったのでしょう?残念な事をしてしまいました・・・。」
ロエミールは、カーシァが今迄使っていた、折れた剣を見ながら言う。
「・・・問題無い・・・。」
その言葉には無表情で答える彼女。それを聞いた彼は、念を押す様に続ける。
「ですが・・・」
「・・・形見は柄だけだ・・・。」
カーシァは折れた刀身を柄から外しながら、そう言った。
「あ、そうでしたか。」
ロエミールは明るい表情を取り戻して、彼女の方に微笑んだ。
カーシァは、先程の淡く光る剣を、形見の柄に多少強引に固定し、鞘に戻そうとする。
が、入らない。剣の幅が合わないのだ。彼女は仕方なく、抜き身で持ち運ぶ事にした。
そうこうしている内に、一行は合流を果たす。
「あ、来たわね。見て、コレ。こんなにアイテムがあるのよ♪」
嬉しそうに促すフェリアン。ルゥケットは既に物色中。
その部屋はやはり宝物殿だったらしく、神殿の所有物であった物が多く残されていた。
しかし部屋の奥の方は砂に埋もれてしまっているので、本当の入り口は見えなかった。
「もう持ち主も居ないだろうから、有効に使わせてもらいましょ。」
「そうですね。カーシァに合う物が有れば良いのですが・・・。」
先程の戦いで、楯を失い鎧もボロボロのカーシァの装備を補給出来ないと、痛い。
このメンバーで真面に剣で戦いが出来るのは彼女だけなので、それは死活問題だ。
するとカーシァは、ツカツカと歩き出す。どうやら何かが有るらしい。
と、その先には、鎧と楯の一式が、少し砂に埋もれて置いてあった。
その鎧と楯は、淡い光を放っている。手に持つ剣と同じ様な光だ。
この剣も、この辺りで見付けた物だったので、それとセットなのかも知れない。
カーシァは鎧に手を掛け、引っ張り出す。そして何度か振って砂を払う・・・軽い。
この鎧、見た目に反して随分と軽く作られている。
素材が軽いのか、そういう魔法が掛かっているのかは判らないが、兎に角好都合だ。
見ると、腰の部分に鞘が付いている。どうやら先程の剣の物で、やはりセットらしい。
「おやカーシァ。丁度良い物が有りましたね。良かった良かった。」
追い付いて来たロエミールが、楯を拾い上げた彼女に向かって声を掛けた。
「その武具は、どうやらこの神殿を護る為にあった様ですね。」
「ねぇロエミールっ。こっち来てヨっ。」
しみじみと言う彼を、ルゥケットが呼び付ける。何やら発見した様だ。
「はいはい、今行きます。・・・何が有ったのでしょうね。」
少年に答え、そうカーシァに言い残すと彼は足早にそちらに向かった。
「見てよ、コレ。何かスゴそうでしょ?」
質素なのだが、ある種の気品を漂わせた白いローブが、大小二着。
「これは・・・神聖な力を感じますね・・・。」
「そぉ?じゃぁアタシが貰い!」
「あ、ズルイやフェリアン!」
ロエミールが言った途端、フェリアンが小さい方のローブを着始める。
イタズラ少年の妨害に遇うも、着用完了。だが・・・。
(こ、腰がキツイ・・・それに・・・胸がブカブカぁ・・・。)
腰に巻く紐の長さが足りない。女性用らしいのだが、胸の部分が異常にダブつく。
「・・・アタシ、これ要らない。デザインが気に入らない。」
そう言って、いそいそと脱ぎ始める。脱ぎ終わると、それをルゥケットに投げて寄越す。
「エッ、要らないの?じゃ、オイラがも〜らいっ♪」
喜んでそれを着ているルゥケットを横目で眺めながら、彼女は別のローブを探す。
「あ、羽根出すと丁度良いや。」
透き間から無理矢理背中の羽根を出すと、胸の弛みが丁度良いらしい。
フェリアンは、そんな少年と大きい方のローブを着た神官の青年を、チラリ見る。
(良いな・・・ロエミールは神官だけあって似合ってるし・・・。)
「ア、アタシはこれにするわ。」
そんな事を言って誤魔化しながら、違うローブを手に取って見せる。
「あ、オイラこれも貰っちゃお〜っと。」
近くに立て掛けてあった小さい杖・・・ロッドを拾い、ルゥケットが言う。
「あ〜もぉ何でも持ってっちゃいなさい、何でも。」
投げやりに言うと、フェリアンは近くの段差に腰を下ろし、両手を顎に当てる。
「フェリア・・・ん?」
「何よぉロエミール・・・変な呼び方しないでよねぇ・・・。」
「こ、これは・・・!?」
フェリアンの方を見た彼は、何かを見付けた。彼女の言葉など聞いちゃぁいない。
「す、凄い・・・こんな物が在るなんて・・・!」
一際豪華な台座の上で、殆ど砂に埋もれていた”それ”を見て、ロエミールが続ける。
「何よもぉ・・・そんな凄い物なの?」
「これは”祭具”ですね、きっと・・・。」
砂の中からそれを引っ張り出して、まじまじと見詰める彼は答えた。
「さいぐって何?」
「祭具とは、神殿での儀式に使われる、非常に神聖な物です。」
いつもの様に聞いて来たルゥケットに向かって、”それ”から目を逸らさずに説明する。
「でもそれって、”その宗派にとって”でしょう?」
「それはそうですが・・・コレはそうでもない様ですよ・・・。」
フェリアンの言葉にも、目線を移さず対する。どうやら本気で凄い物らしい。
「なら貰っちゃいなよ、ロエミールっ。」
「し、しかし・・・そうですね。今更躊躇しても仕方ありませんから。」
少年に言われて一度は否定しかけるが、やはりそれ・・・錫杖を頂戴する事にした。
幾らかの時間が経った後、新たな装備に身を包んだ一行は、神殿の探索を再開する。
先頭を歩くカーシァの鎧、先程の光は鳴りを静めていた。
どうやら一纏めに着用すると、光らなくなるらしい。確かに、隠れるには不便であるし。
しかも、動いても音がしない。彼女が使うのにこれ程都合の良い物はそうは無いだろう。
探索をしていると、途中、水の涸れた小さなマーライオンの噴水があったり、
倒れた柱の下敷きになってしまった神像があったりしたが、他に目ぼしい物は無かった。
そしてそろそろ外に出ようかと思い始めた時・・・。
ズ・ズーン・・・ズ・ズーン・・・
「何だ、この音?」
「音だけじゃないわ、地面も揺れてる・・・。」
地響き。頭上からパラパラと砂が降って来る。
浮いているルゥケットには判らなかったが、確かに揺れている。
「崩れたりしないでしょうねぇ・・・ヤメテよ、ホントに・・・。」
フェリアンは、この神殿が崩壊しないかと心配で呟いた。
なので一行は、最初に入って来た場所へと向かった。要するに出口に急いだのだ。
ところが、途中の一際大きなホールを横切った時、そこに何かが居る事に気付いた。
それは、人間の五倍以上はあろうかという・・・巨人だった。
「まさかこんな所に居たなんてね・・・やっぱり運が良いわ!」
「ですが、卵は何処でしょうか?」
フェリアンが言うと、それに続いてロエミールが口を出す。
「オイこらぁっ、卵は何処やったんだァっ!返せぇっ!」
反応の薄い巨人に向かって、ルゥケットが怒鳴る。反応無し。だが、それとは別に、
カツーン、カツーン・・・と、硬い靴の音が何処からか響いて来る。
その響く靴の音は、ゆっくりと・・・徐々にだが、確実に近付いていた。
そして、闇の中から女性の声だけが、こちらに投げかけられた。
「・・・卵を返せですって?何故貴方達に返さなければいけないのかしら?」
「ドラゴンに返すんだヨ!早く返せってば!」
その言葉に対して、またもルゥケットが叫ぶ。しかしその声は答える。
「私の研究にはアレが不可欠なのよ。渡す訳にはいかないわね。」
「渡してくれなくても結構よ。力ずくで返して貰うわ!」
先程ちょっとだけ嫌な事(特に胸の辺り)があったので、
ここぞとばかりにストレス発散しようとするフェリアンが、それに返して言い放つ。
「あら、せっかちなお嬢さんだこと。でも、そう上手く行くかしらね?」
「顔も見せらんない年増なんかに負ける訳無いわ!」
キッパリと言って退ける。それにしてもこの娘、人を怒らせるのが甚だ上手い。
「おやおや・・・少しお仕置きが必要みたいね・・・やっておしまい!」
その怒った声を合図に、目の前の巨人が突如動き出す。
「ウガァッ!」
このホール、10m近い巨人が立ち上がっても何ら支障が無い程に、高く広い。
腕を振り下ろした最初の一撃は、全員難無く躱す事が出来た。が、床に大きく罅が入る。
「うっひゃぁ!あんなの真面に当たったら死んじゃうよぉっ!」
ヒラヒラと飛び回る少年が、驚きと恐怖を交えて口にする。
敵に接近する事でその攻撃をやり過ごしたカーシァが、巨人の臑に斬り掛かった。
が、少しだけ傷付けたものの、相手の強靭な皮膚には致命傷は与えられない。
しかし痛いのは間違いないらしく、そのまま暴れる様にカーシァに蹴りを入れる。
それを彼女は楯で受け流すのだが、左腕がもぎ取られそうになる。
如何ともし難い体格差に、正攻法を否定させられる事となった。
身体が大きいと云う事は、小回りが利き難いだろうと思い、彼女は背後に回ろうとする。
「マジック・ミサイル!」
と、そこに闇の中から魔法の矢が飛んで来た。例の女は魔術師の様だ。
不意を突かれたカーシァは、身体を捻ってその魔法の矢を躱す。
が、一度避けたと思ったそれは、急に向きを変えて彼女の背中に命中した。
「何っ・・・!?」
先程手に入れた魔法の鎧のお陰で、大分威力を殺がれた魔法の矢だが、
それでもカーシァの動きを大きく鈍らせた。
「しまっ・・・」
そこに巨人の平手打ち。横薙ぎに破壊の旋風が巻き起こる。直撃。
吹き飛ばされたカーシァは、近くに在った神像に突っ込み、それを破壊する。
「カーシァ!・・・このっ!ブレイズッ!」
得意の炎の魔法を唱えるフェリアン。だがそこにまたしても闇の中から・・・。
「それがブレイズですって?本当のブレイズを見せてあげる!」
そう言って信じられない早さで魔法を唱えると、巨大な炎が渦を巻く。
その時、闇が払われ、そこに立つ女性が初めて見えた。
だがそんな事に気を取られている暇は、誰にも無かった。
その女の魔法は、フェリアンの放った魔法の炎を飲み込み、いとも容易く押し返した。
「そんな、ブレイズにこんな威力が!?きゃぁっ!」
やはりこちらも先程手に入れたローブと、自ら放った魔法で相殺したお陰で、
身体には殆ど被害は無かったが、それよりも精神的な打撃が大きかった。
「フェリアンっ!」
ロエミールは叫び、彼女の方へと駆け寄る。フェリアンは膝を着いて呆然としていた。
しかし何事も無かったのが確認出来ると、ほっと安堵の息を吐く。
「ふふふふ・・・その程度の魔力しかない癖に・・・
 ”砂の魔女”と云われたこの私、ノイン・ツェーンに勝てるとでも思って?」
ノインと名乗ったその女性は、ハイヒールを鳴らしながら、ゆっくりと近寄って来る。
「・・・くっやっしぃ〜・・・!」
「フェ、フェリアン、何を!?」
すっくと立ち上がったフェリアンは・・・取り敢えず巨人から遠ざかった。
「そっちはカーシァに任せるわ・・・。」
「・・・あぁ・・・。」
いつの間にか戦線に復帰していたカーシァの腕には、神像の三又鉾が抱えられていた。
そのカーシァは、ルゥケットの側まで来ると、少年にボソッと声を掛ける。
「・・・フォローを頼む・・・。」
「えっ?あ、ウン。」
フォローと言われても、何をどうフォローしたら良いのか分からない彼を他所に、
「・・・一撃で仕留める・・・!」
と言い捨てて、左手に抱えた槍を構え巨人に猛進して行くカーシァ。
その行動が余りにも直線的だったので、巨人はタイミングを計り、
彼女を手の平で押し潰そうとその右腕を振り下ろす。
「カ、カーシァ!」
ルゥケットの悲痛な叫びも空しく、彼女の上に巨人の手が覆い被さった。
「ウガァァァッ!」
次の瞬間、勝った筈の巨人が悲鳴を上げる。手を頭上に挙げて痛みに耐える。
その行動が勝敗を決した。
巨人が痛みを堪える理由・・・それは「槍が手に刺さった」から。
その槍は巨人の手に突き刺さったまま抜けていない。そして、床には何も見当たらない。
そう、カーシァはその時、巨人の「目の前」に居たのだ。
巨人の巨大な手に押し潰される直前、彼女は左腕に抱えた槍を床に垂直に立てていた。
それが相手の手に刺されば・・・頑丈な槍は床との透き間を作るだけでなく、
カーシァの身体を頭上高くに持ち上げる役も果たしてくれる。
そして振り下ろされた彼女の剣は、巨人の額を割った・・・頽れる巨人。
しかし当然、彼女も一緒に落ちて行く。10mの高さから落下したら、命は無い。
「あっあっあっ・・・レ、レビテーション!」
ようやく”フォロー”の意味に気付いたルゥケットが、浮遊の魔法を彼女に掛ける。
「あ、危なかったぁ・・・無茶するなぁカーシァ・・・。」
ゆっくりと地に降り立つカーシァに向かって、少年が笑顔を送ると、
彼女は親指を立ててそれに答えた。
「・・・どうやら向こうはカタが付いた見たいね・・・。」
大きな地響きがしたのを確認して、フェリアンが強がって見せる。
「その様ね・・・全く、こっちは二日も徹夜だっていうのに・・・。」
後半の呟きはフェリアンには聞こえていない。しかし、あちらも大変らしい。
「どぉ?そろそろ観念して卵を返す・・・ってのは?」
淡い期待を込め、降伏勧告をしてみるフェリアン。
「観念するのは・・・貴方の方よ!この魔法を・・・受けて見なさい!」
そう言うと、懐から何やら本を取り出して、それを開く。
すると、フェリアンも知らない魔法を唱え始めた。どうやら何かの呪文書らしい。
「ウソっ?禁呪なんて・・・聞いてないわよっ!?」
禁呪・・・それは強力過ぎるが故に一般には伝わっていない、最高レベルの魔法だ。
「さ、させるもんですかっ!・・・ダーク・ウェイブ!」
フェリアンは闇の衝撃波を放ち、相手を吹き飛ばす事でその詠唱を止めようとする。
だが、数歩だけ後退りしたものの、彼女の集中力を乱す事は出来なかった。
「さぁ、熱と光に焼かれて果てなさい!フュージョ・・・」
ノインの紡ぐ「融合」という名のその呪文は、最後までフェリアンには聞こえなかった。
膨大な熱と光が渦を巻き、全てを呑み込む轟音に、その言葉が掻き消された。
・・・のではなく、最後まで唱える事が出来ずに、砂の魔女が倒れたのだ。
その背後には、錫杖を構えたロエミールが、静かに立っていた。
「危なかったですね、フェリアン。」
人の後頭部を殴り付けておきながら、ニッコリ笑って幼馴染みを見る青年。
「ったく、余計な事して・・・・・・あ、ありがと・・・。」
「はい。」
照れ臭そうに答えた彼女に、その一言で全てを語る。そして、カーシァ達と合流をした。
「・・・で、この年増はどうするの?」
しっかりロープで縛られた砂の魔女を囲んで、一行は思案した。
「卵の在り処を聞き出さないといけませんから、起こしましょうか。」
殴り倒した張本人がそう言うと、頬をペチペチと叩く。
「起きて下さ〜い。」(ペチペチ)
「んん・・・もうちょっと寝かせて・・・。」
「起きて下さ〜い。」(ペチペチ)
「お願い・・・もう少しだけ・・・。」
「お〜き〜て〜く〜だ〜さぁ〜い。」(ペチペチ)
「五月蝿いわねぇ!寝かせてって言って・・・あ。」
漸く起きた。そして、この状況を(寝起きで)瞬時に理解する。頭脳は明晰だ。
「な、何の用ですか?おほほほほ・・・。」
しかし縛られている。間抜けとしか言い様が無い。
「ドラゴンの卵は何処ですか?教えて頂けると非常に助かるのですが。」
丁寧な口調で問い正す。有無を言わせぬ迫力・・・は、無い。
だが、この状況で誤魔化し通そうとする程、彼女は落ちぶれてはいなかった様だ。
「この奥よ・・・付いて来て。」
奥へ続く通路がある。一行はそちらに促される。
「・・・もうちょっとサクサク歩けないの、アンタ?」
「頭がクラクラするの、放っといて頂戴・・・さぁ、こっちよ。」
言われるままに後に付いて行くと、そこには数々の植物と・・・大きな卵が在った。
「私の研究室よ。・・・これで研究がまた振り出しよ、全く。」
「そう言えばそんな事言ってたわね、最初に。何の研究なの?」
振り出し云々は無視。フェリアンは自分の疑問を口にした。
「・・・砂漠に緑を取り戻す研究よ。あぁ、私の崇高な目的がこんな事で・・・。」
「へぇ、以外と真面な研究じゃない。でも、ドラゴンの卵なんて何に使うのよ?」
崇高云々は無視。フェリアンは更に自分の疑問を口にした。
「・・・枯れ易い植物に強大な生命力を与える為よ。その枯れ易い植物がコレ。」
聞いてもいない事を喋る。どうせ聞かれるなら先に言ってしまおうという腹だろう。
「アレ?これ<親指花>じゃん。なんで持ってんのサ?」
指された花を見て、ルゥケットがそう言った。間違いなく<親指花>が、そこにある。
「この花は水を多く蓄える事が出来るけど、環境が変わると直ぐに枯れてしまうの。」
その為にドラゴンの卵を使って研究を・・・と思っていたらしい。
「・・・この花は何処で?」
ロエミールは取り敢えず聞いて見る事にした。そこにフェリアンが続ける。
「そんなの分かり切ってるじゃない。湖の滝の上に決まってるわ。」
「・・・どうして分かったの?」
やっぱり・・・、と四人は思った。コイツの所為で要らぬ苦労が増えたのだ。
「・・・全部アンタの所為よぉ〜っ!」
「いはいいはいっ、はにふるろよ〜っ!」
と言ってフェリアンはノインの両頬を抓る。ノインの方は、変な喋りで反抗する。
「あぁ痛い。何なのよ全くこの娘は・・・。」
漸くフェリアンから解放されたので、愚痴って見せる。
「はぁ〜。やっとの事で卵を正常にしたっていうのに・・・徹夜が無駄だっわ・・・。」
「正常に?どういう事です?」
ノインが気になる事を口走ったので、ロエミールは尋ねて見た。
「あぁ〜・・・この卵ね、どうも病気だったみたいで、ちょっと危なかったのよ。」
「病気・・・ですか?」
「良くは分からないのだけど、そんな感じね。それを二日も徹夜して治したら・・・。」
はぁ、と溜め息を吐いて、続ける。
「治った途端に殻が異常に堅くなって、どうも出来なかったのよね、実は。」
あはは・・・と乾いた笑いを浮かべ、また溜め息を吐く。
「何よ、丁度良いじゃない。それじゃ、さっさと出ましょ。」
卵を取り戻して、しかも何やら病気だったのが治った・・・万々歳である。
「取り敢えず外まで運びたいのですが・・・出口はありますか?」
「出口はさっきのホールにあるわ。」
聞く所によると、先程の巨人が倒れている辺りにあるらしい。
「しかし・・・この卵、どうやって運び出しましょうか・・・?」
「そ〜だ。レビテーションでも掛ければ大丈夫じゃない?」
先程カーシァに掛けたのと同じ浮遊の魔法を卵に掛ければ確かに可能だ。
「そうですね、そうしましょうか。では、御機嫌好う。」
そう言って一向は神殿を後にした。
表に出ると、既に日は落ち、すっかり夜になっていた。当然ながら、寒い。只管に寒い。
取り敢えず一向は、テント設営予定地へと戻る事にした。
「フンフフ〜ン♪」
「どうしましたフェリアン?やけに機嫌が良さそうですけど。」
鼻唄を唄いながら歩くフェリアンに、ロエミールが声を掛ける。
「ジャジャ〜ン!コレよ、コ〜レ。」
と言って取り出したのは・・・一冊の本。
「それはもしかして・・・禁呪の呪文書ですか!?」
「掻っ払って来たのよ、あの年増から。勿論、これは正当な報酬として扱うからね。」
ノインから奪ったというのが、相当に嬉しいらしい。その本を大事に懐に仕舞う。
張り掛けのテントに戻って来ると、皆で厚着をし、荷物を片付け始める。
「そ〜そ〜、ロープとかも回収しないとネ。」
神殿に入る時に使ったロープや杭を回収に行くルゥケット。以外とセコイ。
そして一通り荷物を纏めると、愈あの笛を吹く時がやって来た。
「それじゃぁ吹くよぉ・・・フゥ〜ッ・・・アレ?鳴らないよ?」
「もっとちゃんと吹きなさいよね。」
「吹いてるよぉ。フゥ〜ッ・・・フゥ〜ッ・・・フゥ〜〜〜ッ!はぁはぁはぁ・・・。」
何度やっても鳴らない。それを見兼ねたフェリアンは、
「ちょっと!貸して見なさいよ・・・。」
と言ってルゥケットから笛を奪い、口の部分を拭く。
「見てなさいよ・・・フゥ〜ッ・・・あら?」
「ど〜したの、フェリアン?鳴らないよぉ?」
厭味ったらしいイタズラ少年の言葉責め。しかし、それに負けるフェリアンではない。
「待ちなさいってば・・・フゥ〜ッ・・・フゥ〜ッ・・・フゥ〜〜〜ッ!」
頭がクラクラする。それでももう一度吹こうとした時に・・・。
辺り一面に風が巻き起こり、砂埃が舞う。堪らず目を閉じる面々。
そして、もう一度目を開けた時、目の前には緑竜が居た。
『人間よ。鳴き喚かずとも悟り来る。』
「・・・ねぇホラこれこれ。取り返したよぉ、卵。」
いきなり本題。しかも随分と馴れ馴れしい。まぁ、これがこの少年の性格なのだが。
『我が貴き生命の始まり、引き戻る事有りて無し。』
「駄目・・・やっぱり何言ってるか分かんない・・・。」
フェリアン(と残り二人)は、やはりこの会話は理解し難いらしい。
「それでね、卵を持って行ったヤツがね・・・」
『其の火種闇に見得るか!』
「あっあっ、そうじゃなくって・・・病気を治してくれたんだってさ。」
『謀り非ずと?』
「黙って持って行って悪かったって。」
ノインも決して悪人では無いという事を一応告げておく。
まぁ犯人はバレていないので、無駄なのかも知れないが。
「嘘ばっか・・・。」
「フェ、フェリアンっ。」
小声で呟く幼馴染みを、慌てて制す苦労人。いや本当に苦労人。
『妖精の子よ、言を射ようと感ずるを。』
「それでさぁ、山の麓まで送って貰いたいなぁ・・・駄目?」
『理知る事、我は峰。単の辞儀だ、人間よ。』
「えっ?な、何よ、何なの一体!?」
フェリアンの持つ笛から、目映い光が発せられ、辺りを包み込む。
そして光が消えた後、彼女の手には一本の杖が握られていた。
「何よコレ・・・くれるの?」
『是よりも否と論ぜず。』
「ラッキー♪」
「あ、ズルイやフェリアン。ホントだったらオイラが貰ってた筈なのに・・・。」
「残念でした〜。」
「ま、いっか。オイラ神殿の中でコレ拾ったし。」
と言って、先程見付けたロッドを見せる。話していると、緑竜が首を擡げ、告げる。
『雲を地に、地を底に変え、届くは底の門なり。』
「わ〜い、アリガトーっ。」
「それじゃ、帰りましょ〜っ!」
一行はドラゴンの背に乗り、月明かりに照らされる砂漠を見下ろしながら、風を切った。
『さらばだ・・・。』
「じゃ〜ねぇ〜っ!」
山の麓まで送ってもらった一向は、緑竜に別れを告げ、帰路へと就いた。
暫くすると、街に到着する。時間的には、皆が寝静まる直前と言ったところか。
酒場に帰ると、マスターが出迎えてくれた。
「よぉ、調子はどうだ、お前達。」
いつもの口癖が出る。これを聞くと、帰って来たと云う実感が湧く。
「うん、バッチリだよ!」
「おぉ、もしかして見付けたのか!?」
Vサインをするルゥケットの言葉に、マスターが確認を取る様に聞く。
「当ったり前じゃない!アタシを誰だと思ってるのよ!?」
「お〜お〜、相変わらずデカイ口を叩くなぁ、お前さんは。」
腰に手を当て、のけ反る様に胸を張るフェリアンに、マスターは呆れ気味に答える。
「本当に、一時はどうなる事かと・・・。」
「お前はもっと気楽に生きたらどうだ?はっはっは!」
心配症のロエミールに向かって、マスターは笑い飛ばす。
「どうだカーシァ、一杯飲まんか?」
「・・・あぁ・・・貰おうか・・・。」
その遣り取りを眺めていたカーシァに、マスターが一杯勧めると、それを受け入れる。
「そういやお前達、随分と服装が変わったじゃないか。」
「そうそう、それなんだけど・・・」
「おやおや、もう戻って来たんだね・・・で、何か楽しい事はあったかい?」
「何よイェルズ。楽しい事なんて・・・あったあった!」
そんな話をしながら、その夜は更けて行った。
「んん!おいひい♪」
「ドンドン食べてね。まだ料理は沢山あるから。」
口の中一杯に食事を詰め込む少年に向かって、エレンがそう答える。
ここは森の中の彼女の家。この間の花のお礼に、四人を食事に招待してくれたのだ。
「ちょっとルゥケット!汚いから食べながら喋らないでよ!」
「お行儀悪いですよ、ルゥケット。話すか食べるか、どちらかにしないと。」
口から食べ物がポロポロと落ちる。それから遠ざかる仕草をして、フェリアンが言う。
そこにロエミールが(フェリアンも他人の事言えませんよ。)と思いつつ、続けた。
「んん、あぁはべう。」
「だから汚いって言ってるでしょうが!黙って食べなさい、黙って!」
食べるのに専念するらしいが、それを告げるのにまた喋る。
するとまたも、フェリアンが身を引きながら、念を押す。
「でもホント、美味しい♪エレンは料理上手ねぇ。ね?」
彼女は気を取り直し、親友の料理の腕を褒めると、隣に座るカーシァに同意を求める。
すると黙々と食事を採っていた彼女は、一つだけ頷くと、また料理に向き直る。
(フェリアンも練習した方が良いヨ・・・。)とそれを見た少年は思う。
多分他の面々もそう思ったに違いない。彼女の料理の腕には、ちょっぴり問題がある。
「有り難う、フェリアン。デザートも用意してあるから、楽しみにしててね♪」
「んぇ!ベバーポ!?」
デザートがあると知り、喜びの声を上げたルゥケット。
だがその拍子に、口の中身が正面に座るフェリアンに勢いよく飛んで行った。
「・・・アぁンタねぇ・・・待ちなさい、コラ!」
「あらお〜らっ!」
当然怒り出す彼女の手が少年を掴もうとした時には、彼は既に逃げ出していた。
しかし逃げている途中にも、ヒョイヒョイと料理を口に放り込んで行く。
皆、いつもの様に繰り広げられるそれを見ながら、飲んだり食べたり笑ったり。
・・・今日も楽しく過ぎて行く・・・。
                           [B&B〜砂の魔女〜]完

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