人うつろいし、夢うつろわじ
すべての水が枯れようとも
全ての森が焼かれようとも
全ての岩が砕けようとも
全ての山が崩れようとも
全ての生命が死に絶えようとも、わたしはここを動けない。
†
ある日、彼は夢を見た。
水は枯れ、森は焼かれ、岩が砕け、山が崩れ、人が、たくさんの生命が消えていった。
夢を見た彼は、泣いていた。
目覚めてすぐ、自分が涙を流していることに気づいた。
涙は暖かかった。同時に、くやしくもあった。
彼は盗賊だった。盗賊が涙を流すことは、彼にとって恥ずべき事であった。
そう考えると、なぜかおかしかった。
昔は、よく泣く子供だった。
ある日泣かなくなったとき、一生分の涙を流してしまったのだと思ったのを思い出して、おかしかった。
なぜなら彼は、今泣いているから。
涙を拭き彼は、窓の外に目を向ける。
彼の目線の先には、一人の女がいた。上品な物腰の、いい服を着た上流階級の娘。
彼は盗賊である。狙った獲物は逃がさない。
彼は部屋を出ると、彼女のもとに急いだ。見失わないように。
今日を生き抜くために。
人混みの中、彼は彼女を見つけた。
踏み込めばつかめる距離なのに、つかめない。
彼女との距離が縮まらなかった。
だが彼はあきらめなかった。
距離を離されないように、彼女を、その金の髪を追い続けた。
彼は諦めの悪い男だった。
彼女一人のために、長い距離を歩いた。
ついには町のはずれに着き、彼と彼女の二人きりになった。
彼にチャンスがやってきた。ここならば誰にも邪魔をされない。
彼女を呼び止め、振り向かせる。
彼女は、泣いていた。
涙をぬぐおうともせず、そこに立っていた。
彼は、彼女に心を奪われた。
彼は彼女に、泣いている理由を尋ねた。
彼女は答えた。世界が滅びるのだと。
彼は思いだした。世界が滅びる夢を見た事を。
彼女は続けた。あなたが必要なのだと。
彼は了解した。彼女の言葉だったから。
彼女は彼を、奥へと誘って行った。
彼女は夢魔であった。
彼に夢を見せ、彼の心を奪った。
彼は氷の棺に閉じこめられた。彼女が喰らう夢を見続けるために。
彼女は、男なら誰でもよかった。
昨日まで夢を見ていた餌が、夢を見なくなったから。
そして今日、彼女は彼を見つけた。
彼は、彼女の餌になった。
彼は棺の中で夢を見る。世界が滅びる夢を。
†
全ての水が枯れようとも
全ての森が焼かれようとも
全ての岩が砕けようとも
全ての山が崩れようとも
全ての生命が死に絶えようとも、わたしはここを動けない。
夢魔が、わたしに飽きるまで。