偽エルフの災難・和服編
ロファレス大老はご機嫌であった。
宮廷に招かれ、舞を披露したこの国きっての女優兼舞踏家に握手をされたからである。
「尊敬しておりましたわ。お仕事頑張ってくださいませ」
気品ある声が頭を回る。
「しばらくこの手は洗わないで置こう」
と、言った瞬間、扉が爆発した。
受身を取る間もなく転がる体。ついで、全身にべっとりとした液体がかかる。
例えるなら、悪質なもずく酢だ。
「やれやれ、また失敗か」
吹き飛んだ扉から現れたのはスレイクスである。
「まま、またかあッ」
そこで大老は気付く。自分は手を洗わざるを得ない事を。
「で、何で俺の部屋でレポート書いてんだ?偽エルフ」
「レポートにして纏めておかないと研究は進まないだろう」
「そっちじゃねーよ!『何で』は『俺の部屋で』にえーと」
「かかってる」
激昂するハリィをセスティセリオが補助する。
「お前もだハゲ王子!何で俺の部屋でティータイムやってんだ。クッキーまで持ち込みやがっ
て!」
「いや、散策に出て、時折帰るまでに予定以上の時間がかかるものだろう?お腹が空いた時
には甘いものが一番」
「そっちじゃねーよ!っていうかお前はわざとだろ!今のボケわざとだろ!」
にっこりと固めのクリームがたっぷりサンドされ、おまけにチョコレートでコーティングされたク
ッキーを差し出す。
「食べるかい?イライラする時も甘いものだよ」
「ああ、貰おうかな、丁度小腹も空いてきたし」
「くつろいでんじゃねえぇぇッ」
ハリィがいい加減魔法を発動させようとした時、窓をコンコンと叩くものがあった。
スレイクスが窓を開ける。
ハリィと似た、和服というものを着ている童女が浮いていた。
「おや、魔法使いか?」
童女は首を振ると、箱をスレイクスに渡した。
何と問う間もなかった少女が紙切れに変わったのだ。
「これは・・・」
後ろで二人も驚愕の態を現している。
「い、今の何だ?」
顔を上げたスレイクスは途方もない笑顔であった。手には箱と紙が大事そうに抱えられてい
る。紙には何か模様のようなものが書いてあった。
「式神だ!」
「しきがみ?」
セスティセリオが怪訝な顔をする。
「東方で符に魔力を込めて作る魔物だよ!」(浮草堂注:心霊よろずやでの式神の解釈は違い
ます)
「ああ、陰陽師とかいう奴らが使役するんだったか」
ハリィが東方の呪術に書かれていた内容を思い出す」
「で、何が入ってんだその箱」
「ああ・・是非研究したいなあ・・」
「おい、箱」
「使役する魔物でも東方のものは初めて見る・・」
「聞いてんのか、箱」
「そうだ、この符は貴重なサンプル」
「箱開けろっつってんだろーがあッ」
ハリィがもぎ取ろうとすると、木箱は軽い音を立てて、中身を転がり出した。
「・・・・貝殻?」
セスティリオが拾ったそれは、桜の模様の描かれた貝殻である。
「手紙付いてるぞ」
全く遠慮せず他人宛の手紙を朗読するハリィ。
「ええと、お慕いしております。貝は二つとして二枚合わさる事はございません。故に一対の貝
を一つずつ持ちましょう。想いの証として。貴方の恋人になりとうございます。甚五郎」
「了解だ。こんな研究対象と恋人になれるなんて、俺は幸せだ」
「いや、待ちたまえ、恋人と研究対象を同じに見るものじゃない。彼女が気の毒だ」
喜ぶ魔物研究家と常識を発揮する王子。その二人に、ハリィが珍しく言い辛そうに告げた。
「・・・甚五郎って男の名前だぞ」
「え」
硬直する二人。
「人名ザ・ワールド八十九頁より・・・」
暫しの沈黙。
「気の毒だが・・その貝は捨てるか送り返した方が良いだろう」
セスティリオの言葉に、き、と目が据えられた。
「そんな事できる訳ないだろう!これを分析すればどんなデータが出てくるか分らない!」
研究家とはこういうものなのか・・。
少々遠い人に感じた。
翌日。
「うーむ、やはり貝に塗料を塗っただけのようだなあ・・」
顕微鏡を覗き込む。ちなみに、新たな一室を与えられていた。
コンコン。
窓を叩く音にはっとする。
「式神か!」
その通りであった。
「少し体を調べさせてくれないか?」
それには答えず、式神はばさっと布をぶつけた。
前が見えなくなり、少々慌てる。
ようやく取れた頃には、式神は姿を消していた。
「おい、偽エルフ」
ハリィがやってきた。
「ハゲ王子が飯位食えってよ。何で俺がこんな事しなくちゃならね・・・その布!?」
「また式神が来たのさ」
にこにことスレイクスが答える。だが、緊迫感を持った台詞が返ってきた。
「それ・・角隠しだぞ・・・」
「角隠し?おお、モンスターが使う布か!これは研究しがいが―」
「いや、そーじゃなくて」
またしても言い難そうに。
「花嫁が結婚式の時被る布だ・・・。婚礼と祭儀四十八頁より・・」
「・・・・・」
気まずい沈黙である。
「どうしたんだい?」
セスティセリオが訪れ、沈黙を破った。
黙したままのスレイクスに代わり、ハリィが説明する。
「・・・・・」
やはり如何言って良いのか迷ったらしい。
「とりあえず、差出人を調べれば良いのではないかな」
ようやく結論を出す。
「頼むよ。ハリィ」
「一個貸しな」
事情が事情だけに、いつもの悪口も出なかった。
水をコップに注ぎ、呪文を唱える。
「クレアータル、クレウォーティ、ティークドル、幻影の帝聖クロイタナムよ、清寂の口を持って気
色悪いストーカー野郎を映したまえ!」
コップの水に映ったのは、やはり和服で黒髪の男。無精髭の下で何かを喋ると、金を受け取
った。金を渡しているのは―。
「カプチーノじゃねえか!」
そう、男に金を渡しているのはロファレス大老であったのだ。
「そういえば・・この間・・全身にモンスターを異臭によって昏倒させる薬の失敗作をぶっかけた
ような・・」
スレイクスが冒頭の事件を思い出す。
「要するに、ロファレス大老が陰陽師の男に金を渡して、憂さ晴らしをしていたという事か。全
く、少々叱らなければ」
「俺も行く」
日頃の鬱憤を晴らすため、セスティセリオにハリィが続く。
一人残され、角隠しをとりあえず脇に置いた。
「まあ、俺としてはこの符という研究材料が手に入っただけでも良いけどね」
その窓が割れた。
ああ、また爆発か。窓が割れてしまうと少々寒いな。
暢気な事を考えつつ、振り向くと、和服で無精髭の男が入り込んでいた。傍らには、あの式神
が。
「あ、お会いしたかったんですよ。式神の構造をちょっと・・いえ、隅から隅まで調べたくて」
「そうか!会いたかったか!俺に」
男は喜色満面である。
「はい。同じ研究家とし・・」
「妻として!」
・・・・・?
「あの、手紙とかプレゼントは大老の依頼だったんだよね?」
「そうだ。愛しいお前と堂々と結婚を前提とした付き合いができる上、金まで貰えるのだからな」
・・・・・!
「いや、ちょっと待って、俺に全然そのつもりは無いから。と、いうより、付き合ってないし」
「そうだな。言い方が悪かった。既に嫁だ」
「ちょっと待って、嫁じゃないから」
「そうだな、言い方が悪かった。細君だ」
「何でどんどん親密度が増していく!?」
流石に危険を感じる。
「はっきり言うと、俺、お前と結婚とかする気、皆無だよ」
男がニヤリと笑った。
「実は俺は嫌がる奴の方が好みだ」
全身を冷や汗が伝う。
「よく考えろ。この城を出て、俺と一緒に暮らせば、式神について調べ放題だぞ」
研究者の性であろうか。迷いが生じる。
嫌だ。嫌だが、・・・・調べ放題。
彼は我が身と研究を天秤にかけた。
「おい、偽エルフ」
ドアがバタンと開いた。
「大老も深く反省しておいででね。研究資金を提供するって」
天秤、研究費か調べ放題に転じる。
「あ!コイツ、あの陰陽師!」
「ハリィ」
スレイクスは笑顔で依頼した。
「あの陰陽師、式神だけ残して吹っ飛ばして」
リスク付調べ放題に天秤は傾かなかった。
結果的にスレイクスは研究費と式神のデータを手に入れた。
だが、恐怖体験は結構なものであったらしく、暫くハリィの和服を見てはびくつく日々を過ごし
た。
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浮草堂様ありがとうございます〜!!
カプチーノさん懐かしすぎて自分でも半分忘れてました(笑)
相変わらずテンポがいいですね、感服です(*´▽`*)
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