練習の後、倉庫に物を片づけに行っていて、俺だけ部室に戻るのが遅くなった。 桃先輩の言葉を借りれば、『レギュラーでも1年は1年』ってやつ。 別に、片づけが嫌なわけじゃないからそれは構わない。
嫌だったのは、部室で交わされていた会話の内容だった。
「…………なんだよ、な、すげぇだろ?」 「へー、そうなんですか?でもちょっと意外っすね」 「そうかなあ、部長なら…あ、リョーマ君、戻って来た」
もう部員のほとんどは帰宅していて、部室に残っているのはレギュラー数人と、あとはカチローとカツオ、堀尾だけだった。 ベンチのあたりに固まって、何だかとても楽しそうにしゃべっている。話題の中心になっている人の姿は見えないけれど、バックが置いてあるから、職員室にでも行ってるんだろう。
「ああ越前、お疲れ。ちゃんとカギかけてきたかい?」 「かけてきたっすよ。はい、カギ」
大石副部長に倉庫の鍵を渡してロッカーの前へ行こうとしたら、堀尾達に呼び止められた。
「なあ越前、お前も聞かねー?」 「何」 「去年の合宿の時の話だよ。部長がさ…」 「…今日は早く帰りたいから、今度でいい」
ええーっ?とわざとらしい声をあげたのは案の定堀尾だ。
「なんだよー、色々面白い話聞けるのに」
だから嫌なんだよ。っていっても、堀尾にはわからないだろうから言わない。 ワザと無関心な風を装って、俺は黙って着替えはじめた。堀尾はまだなんかぶつぶつ言っているけど、先輩達は「相変わらずだな」って言って笑っている。とりあえず、変には思われなかったみたいだ。 着替えていたらなんだか視線を感じたからそっちを向くと、不二先輩が壁にもたれ掛かってこっちを見ていた。あの人は、少しだけ苦手だ。特に、こういう時は。 普段なら見返してやるところなんだけど、なんとなく、今日は俺から目線をそらしてしまった。
「そんじゃ、お先に」
部室を出る時、背後でひときわ楽しそうな笑い声がした。その中に部長という単語を拾ったけれど、俺はそのまま後ろ手に扉を閉め、小走りにその場を離れた。
俺は1年で、あの人は3年だから。 間にある、2年という時間の壁。それは、それだけは、どんなに努力してもあがいても越えられない壁だ。 俺があの人と知り合ってから、まだたった4ヶ月。その間に色んな事を知ったけれど、やっぱり3年間一緒にいた人たちには及ぶべくもなくて。 先輩達は俺よりももっともっと色んなあの人を知っていて、最初の頃はそんな先輩の話を聞くのは楽しかった。
でも、ある時を境にしてそれは苦痛になった。
あの人が、俺にとって特別な存在になった日から。
テニス部に入ったばかりの頃、俺はなんでこんなに先輩後輩とうるさく言われるのかがちっともわからなかった。部活っていうのはそういうものなんだってのはなんとなくわかってきたけど、たかが1年2年の差なんてどうってことないって思ってた。今でも、テニスに関してはそう思ってる。 でも、あの人と俺の間にある2年はあまりにも大きかった。
先輩達が語る、俺の知らないあの人の事を聞くのは楽しかった。 でもそれは、俺とは関係ないところにいるあの人だから。 どんなに想像してもそれは所詮想像でしかなくて、俺の記憶ではないから。 それは、他人の中のあの人の記憶だから。 写真を見ても、それはただ他人の記憶を追っているだけだから。
そのことに俺は気がついてしまった。だから、それはもう苦痛でしかない。
どんなに想像しても、どんなに話を聞いても、所詮それは想像でしかなくて。 どんなに望んでも、その時間を手に入れる事はできなくて。 そこにいられなかった自分が悔しくて、一緒の時間を共有していた人が羨ましくて。 悔しくて羨ましくて妬ましくて、いてもたってもいられなくなる。
誰かの物が羨ましいなんて、今まで一度だって思った事無かった。 他人が手に入れられるものは、自分だって必ず手に入れられるって、 ずっとそう信じてた。 けれど、 あの人が特別なひとになってから、そうじゃないって気付いてしまった。 あの人が現れなければ、ずっと気付かないでいられたのに。
ずっと、なにもかもを手に入れられるって、信じていられたのに。
すでに太陽は見えないけれど、西の空にはまだオレンジ色が残っている。 オレンジ色から紫へのグラデーションがとても綺麗だったから、俺は走るのをやめて、しばらくの間空を見上げた。
過ぎてしまった時間は手に入れられないけれど、 これからのあの人を手に入れる事はできるだろうか。
…きっとできる。 絶対、手に入れてみせる、あの人を。
誰のものでもない、俺だけのあの人を。
いつの間にかオレンジ色は消えてしまって、あたりはすっかり暗くなっていた。
俺はまた走り出した。
END ほんのちょっとだけ弱気な王子…のはずだったんだけどね? どうも私が書くと弱気になってくれないな。 実はこれ、不二先輩サイドも書いたんですが。 しっくりこなかったのでこっちだけ。気が向いたらいずれ。 |