「おーい、大石ぃー」
菊丸の普段通りの呼びかけに振り返った大石は少し驚いた様に目を見開いた。いつもつるんでいる楽しげな菊丸と、一見非常に人の良さそうな笑みを浮かべた不二の3-6コンビは兎も角として、穏やかに笑う河村と何か企んでいる時の怪しいオーラを纏った乾、眉間に皺を寄せた手塚までいる。 「どうしたんだ、珍しいな」 今は昼休みだ。部活動の時間以前にそれだけ部員が揃う事は稀だったので、大石の反応も尤もだと云えよう。 「大石、手ぇ見せて!」 ほらほらと急かす菊丸につられて大石が手を差し出すと、その手を掴んで凝視する事しばし、菊丸はあっと声を上げた。 「ほんとだー!大石生命線短い!乾すげぇ!」 「は?」 きょとんとした大石を尻目に乾が口を開いた。 「云ったろ?大抵の場合大石みたいなタイプは生命線が短いんだ。統計的に見てもまず間違いないと思ったよ」 いきなり生命線が短いと断じられた大石に不二が手に持った本を指し示す。表紙には『易しく判る楽しい手相』とある。 「これ。うちにあったんだけど、面白そうだから持って来たんだ」 一般ののご家庭に手相の本があるのはあまり普通でない気がするが、不二の場合あまり一般的とは云えない書棚の品揃えだった事を大石は思い出した。『妖怪の本』『現代陰陽師入門』『妖精事典』『聖書外典偽典』『NHK趣味の園芸 すぐに役立つ園芸クリニック』『マヤ文明の謎』『山の幸 山菜・木の実・きのこ』『イギリス 洋食器の旅』『ぼのぼの絵本1 かわいそうのこと』等々…。 大石はまるで一貫性のない不二の書棚の記憶を振り払って訊いた。 「だから、なんで俺の生命線の話になるんだい?」 「うん。乾がね、大石はきっと生命線が短い筈だっていうから。確認しとこうと思って」 笑顔で答える不二に大石は(確認してどうしようっていうんだ?)と思わないではなかったが、それ以上考えると大変怖い考えになりそうなのでやめておいた。賢明である。 「英二は?」 「俺はねー…」 答えようとする菊丸を遮って乾が口を開く。 「英二は手首近くまで深いしっかりした線があるだろう?不二は薄いけれど手首までのかなり長さのある線じゃないか?タカさんは途中で薄くなってる箇所があるけど長さは普通だと思う。手塚は二股に分かれてるだろ」 思わず確認してそれが間違いない事に手塚以外の一同が乾の顔を見る。 「えー、なんで判るんだよ、乾。俺たちの掌なんて見てないじゃん」 「秘密」 菊丸の問いをさらりとかわした乾を見遣ってから、大石は思わず己の掌を見る。 「あ、生命線はこれ。な?ぶちっと切れてるよな」 短い生命線を指し示す菊丸になにか情けない視線を向けた大石に、不二がフォローを入れる。 「大丈夫だよ、大石。手相って変わる事もあるそうだから」 「あ、そうなのか?」 ほっとした様な大石に菊丸が笑う。 「大石、そーゆーの案外気にするもんなー」 「良い方に変わるとは限らないんだけどね」 変わらぬ笑顔で付け加えられた不二の一言に大石が固まる。 「こういう風に爪で痕を付け続けて望む手相に変えた人も実際いるそうだよ。実践してみないか?」 自分の掌に爪で痕を付けて見せながら、どこか嬉しそうに薦める乾に、大石は溜息を吐いた。 手塚は不二の後ろでじぃっと己は両の手を見続けている。それに気付いた河村が声をかけた。 「手塚、どうかした?」 「ああ」 応じるが、何か考えているのかそのまま手の内側面を見続けている。河村は急かす事もなくそっとその様子を見守っている。手塚は三分程経って漸く顔を上げて口を開いた。 「不二。結婚線が三本あるのはどうなんだ。両手ともなんだが」 不二は手塚を振り返ると、極上の笑顔で云った。 「大丈夫だよ、手塚。僕は五本あるから」 手塚は不二の目を真っ直ぐ見詰め、一度瞬きをすると頷いた。 「そうか」 「うん」 不二は更に笑顔を深くした。
何が大丈夫なのかちっとも解らないが、手塚が何故か納得している様なので一同は口を挟まない。誰も挟めよう筈がない。 只、不二以外の全員が心の中で(それでいいのか!手塚!)と叫んだ事は間違いないだろう。
了 |