誕生日の朝だからといって、特に何か変わった事があるわけでもない。 家族がおめでとうと言ってくれる以外は、昨日と何も変わらない、同じ朝だ。 だから、手塚は今日も普通に朝食を食べ、いつもどおりに登校した。夏に部活を引退して、朝練は無くなったが、それでも手塚の登校時間は早い。まだ誰もいない、シンとした朝の教室の空気が、手塚は好きだった。今の時期は気温もちょうど良く、時に金木犀の香りが空気に混じっていて、気持ちがいい。 校内に入ると、やはり今日は自分の誕生日なのだなと、まるで他人事のように手塚は思う。普段はこんな早い時間に誰かと会う事は稀なのだが、今日に限って、自分の教室に辿り着くまでに、数人の女生徒に声をかけられたからだ。御丁寧に、下駄箱にも手紙が入っていた。これも毎年のお約束である。 よくそこまで他人の誕生日を覚えているものだと、手塚はつい感心してしまう。マメとは程遠い位置にいる手塚は、よほど親しい友人と家族以外は、誕生日など記憶していない。 朝のホームルームが始まるまでに、手塚の鞄の隙間は手紙で埋まってしまった。
「やっぱりこんなところにいた」 昼休み、ファイル整理をしつつ、生徒会室で弁当を食べていた手塚の元へ、ひょっこりと現われたのは不二だった。扉から身体半分だけを覗かせ、手塚に向かってひらひらと手を振っている。 「入るよ」 「ああ」 手塚の返事を待たずに、すでに室内に入って居た不二は、後ろ手に扉を閉めると手塚の横に立ち、背後に持っていたものを差し出した。 「はい、手塚。誕生日おめでとう」 不二は手塚とは対極の位置にいる人間である。毎年かかさず、手塚の誕生日にはプレゼントをくれた。 「ありがとう。いつも悪いな」 「いいんだよ、大したものじゃないし。それに僕、誰かのプレゼント選ぶのって好きなんだ」 「お前らしい」 プレゼントといっても、そんなに大層なものではない。大袈裟すぎず、それでいて送る相手の好みに合ったその選択に、手塚はただ感心するばかりだ。自分にはとても真似出来ない。 「それより手塚、こんなところにいていいの?」 いつの間にか、手塚に向かい合う形で座っていた不二は、机の上に無造作に置かれたファイル類を指先で弄んでいる。 「たしかに、私用で使うのはあまり感心できたことじゃないな」 「そういうことじゃないよ」 真面目に頷いている手塚に、不二は思わず笑みを浮かべた。まだテニス部に入って間もない頃、「手塚って面白いよね」と言って周りに変な目で見られた事がある。今では数人の賛同者がいるが、極少数だ。 「今日は、教室とか、もっとわかりやすいところにいた方がいいんじゃない?生徒会室って、一般の生徒には近寄り難いしさ」 「…」 手塚の細い眉がしかめられて、間に縦皺が刻まれる。その性格上、手塚は人の言葉を適当に流すような器用な事は出来ない。言葉の意味を必死に考えているであろう手塚の様子を、不二は笑みを浮かべたまま「観察」している。 数十秒の沈黙の後、軽いため息と共に、手塚は降参した。 「…わからない」 「百歩譲って、君にとってはそんなに大きなイベントじゃないのかもしれないけど、今日は君の誕生日だよね」 噛んで含めるような言い方に、いくばくかの皮肉を感じないでもなかったが、手塚はとりあえず黙って頷いた。 「手塚を特別に想ってる人にとっては、とっても重要な日なんだよ」 わかる?と、不二は笑顔のまま、首を傾げて手塚の顔を覗き込む。 「だから、そういう人が声をかけやすいところにいてあげれば、ってことさ」 「何もそこまで気を使うこともないだろう」 正直、面倒だと思ったのだが、それは言わないでおく。 「でも、声をかけてくれたら嬉しいなあって相手も、いるだろ?」 「…」 「そういう意味では、自分のためでもあるし」 「誕生日だというだけで、そこまで考えたりするものか?」 「僕はそれなりに期待するよ。だって、やっぱり嬉しいじゃない」 そこで、昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。ファイルを片付け、二人は急いで生徒会室から出た。生徒会室は校舎のはずれにあるため、早く教室に戻らないと、午後の授業に間に合わない。 扉に鍵をかける手塚の肩を、不二は軽く叩いた。 「そういうわけだから、二月はよろしくね、手塚」 「じゃあ、わかりやすい場所にいてくれ」 「うん、期待してる」 六組の教室の前で手塚はもう一度不二に礼を言い、二人は別れた。
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