「大石のバーーーーカ!!」
受話器が壊れるんじゃないかと思うような大声と共に、電話はぶつりと切れた。
「ちょっ…英二!」 制止する声はすでに届かず、受話器からはプー、プー、と素っ気無い電子音だけが聞こえてくる。大石はため息をついて受話器を置いた。かけなおしてもいいが、おそらく相手は出ないだろう。
「やれやれ…まいったな…」
きっかけは些細な事だった。
大石と電話の相手…菊丸英二は、青学テニス部でダブルスのペアを組み、また普段でも男同士とは言え、いわゆる恋人というやつで、公私においてパートナーだった。 夏の試合のあと、大石達3年は引退を迎えた。在部中は朝夕の練習時間に加えて帰りも殆ど一緒だったし、大会中は部活が休みでも休日でも、練習やら何やらで二人が一緒にいられる時間は多かった。ところが部活が無くなると、もともとクラスが離れている二人が会う時間は急激に短くなった。とは言っても、都合の会う時は一緒に帰っていたし、休日は受験勉強の息抜きと称して区営のコートを借りてテニスをしたりしていて、全く会っていないわけではない。 だが、ここ2週間程は、やれ進路指導だの文化祭の準備だのと帰宅時間が変則的で、殆ど顔を合わせていない。だから、夜になってから大石の方から菊丸へ電話をかけた。そこまでは菊丸の機嫌も良かった。 そして話し込んでいるうちに、菊丸が借りている参考書を返したいから今から家に行ってもいいか、と聞いて来た。
『今から?』 『そーそー。ちょこっとだけだからさ、いいでしょ?』 『駄目だよ、もう時間遅いし。別に急いで返してくれなくていいよ、今度会った時でさ』 『今度〜?』
良く考えれば、このあたりで菊丸の様子が変わった、ような気がする。
『今度っていつだよ?』 『え、いつって…明日だって学校あるし、学校でいいじゃないか』 『だけど、最近学校でも全然会えないじゃん!』
菊丸の声は今やはっきりと怒っている。 大石は菊丸がなぜこんなにむきになっているのかが良くわからなかったが、ここのところ会ってないから拗ねているのだろうと思い、とりあえずなだめる方へ向かった。
『ごめん、英二』 『ごめんて何?何にあやまってんの?』 『いや、その…』
菊丸の口調はますます強くなり、大石はとまどった。
『大石さ、俺と会いたくないの?話とかしたくない?』 『だからこうやって電話してるじゃないか。それに、今の時期に会う時間が少ないのは仕方がないだろう?』 『……!』
一瞬の間があった。 そして。
『大石のバーーーーカ!!』
…大石は再びため息をついた。ただ会えないからという理由だけで怒っているのではないと言う事は大石にもわかった。とにかく…
「…明日、会って話をした方がいいだろうな…」
翌日。 1限が終わってすぐに、大石はさっそく6組の教室へと向かった。正直、菊丸に会ってまずなんと言えばいいのかまだ何も考えてなかったし、気は重かった。だからといってこのままにしておけば、こじれるばかりなのは目に見えている。 6組の教室につくと、大石は入り口にいた知り合いの男子生徒に声をかけた。 「あ、井原、菊丸いる?」 「菊丸?ちょい待ち…って、あれ、いねえな。さっきまでいたんだけど」 戸口から教室の中を見渡すと、たしかに菊丸の姿はなかった。 「何?なんか伝えとく?」 「いや、いいよ急ぐ用事じゃないから。また後で来る」 「んじゃ、そう言っとく」 「ああ、頼むよ」 意気込んで来た分肩透かしをくらったような気分で、大石は2組の教室へ戻った。
その後の2限、3限は教室移動で会えず、昼休みも大石は6組へ出向いたが、やはり菊丸はいなかった。どうやら弁当を持って不二とどこかへ行ったらしい。教室以外で弁当を食べる場所など限られているから捜しに行くのは簡単だが、不二が一緒ではどのみち話はできない。仕方なく、大石は6組の教室を後にした。 「やっぱり、まだ怒ってるのかな」 誰に言うともなく、大石はつぶやいた。1限の後に自分が来た事を井原が伝えてくれたのなら、普通はわざわざ昼休みに教室を空けたりしないだろう。これは、結構根が深いかもしれない。大石は、思わず胃のあたりを手で押さえた。
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