神社の鳥居の側に佇んで、リョーマはひとつ欠伸をした。年末から部活が休みだったせいか、すっかり寝坊癖がついてしまったようだ。破魔矢を抱えて目の前を通り過ぎる家族連れを見送って、再び大きな欠伸をすると、白い息が冬の空にふわりと昇る。 「眠そうだな、越前」 勢いづいてさらにもう一つ欠伸しかけたところで、待ち人が来た。 「あ、部長…」 慌てて欠伸を飲み込んだため、いくらか情けない声になってしまった。 「明けましておめでとう」 「おめでとうございます。久しぶりだね」 「久しぶりって…お前の誕生日に会ったばかりだろう。まだ一週間かそこらしか」 「俺にとっては充分長かったッスよ」 「大袈裟だな」 三が日も今日で終わり、明日からまたテニス部は練習が始まる。その前に初詣に行こうと誘ったのはリョーマだった。お互い、あまり人が多いところに行くのは好まないため、地元の神社を選んだのだが、近所の参拝客でそれなりに賑わっている。 「ところでさ、初詣って一体何すればいいもの?」 「…知らないのか。それなのに、なんで誘ったんだ」 「何でって言われても、ね…」 ここでデートという発想には及ばないのが手塚なのだ。手塚を変えるより自分が慣れた方が早いとわかっていても、いまだそこまでは到達できていない。リョーマは軽く肩を竦めた。 「せっかくだから、イベントは押さえておこうかと思って」 「罰当たりなやつだ」 眉を顰めはしたが、手塚は簡単に初詣の主旨を説明した。リョーマは一応理解はしたが、やはり幼い頃からの習慣が物を言うのか、あまりぴんとこない。 「お詣りか。部長は、受験のこととか?」 「それもあるが…やはり健康だな。あとは家内安全」 「かないあんぜん?」 「今年も平和に過ごせるように、ということだ」 手塚らしい、とリョーマは内心苦笑した。もっとも、全国大会で優勝までしているテニス部のメンバーは、事実上高等部への進学は内定していると言っていい。それどころか、方々の高校から特待生としての話が来たくらいだから、試験など形だけだろう。だが、それでも手塚は真面目に受験勉強をしているのだろうなと、リョーマは少しおかしくなった。 「俺はどうしようかな」 「無理に考える必要はないだろう」 「うーん」 玉砂利の上を並んで歩きながら、ふと、手塚は急に思いついたように、言った。 「越前…お前、ひょっとして…少し背が、伸びたか」 「ひょっとしなくても伸びたよ!」 「そうか?」 「て、いうか…今気付いたの!?」 秋の終わり頃から、リョーマの背は急に伸び始めた。もちろん手塚には遠く及ばないにしても、はっきりそれとわかる程度には伸びている。手塚が部活に在籍していた頃より会う回数が減ったとはいえ、もっと早く気付いてもよさそうなものだ。リョーマは呆れた。 「アンタ自分も伸びてるから、そんなに違わなく見えるんじゃないの?」 「ああ。なるほどな」 「ちぇっ…」 リョーマほどではないが、手塚の背もまだ伸びている。結果、二人の身長差はそんなには縮まっていない。 「菊丸先輩だって、いつまでも俺の事、おチビおチビってさ…年賀状にまで書いてあった」 「あまり気にする事はないぞ」 「そっちが話を振ったくせに」 「わかった、じゃあ今年のお詣りは、お前の背が伸びるように頼むか」 「余計なお世話だよ!」 だが、リョーマは実際には身長のことはさほど気にしていないと、手塚は知っていた。まわりから、からかいのネタにされるのが不本意なだけなのだろう。テニス部の先輩達は、リョーマの反応を見たいがためにわざとやっているところもあるので、なおさらである。 「じゃあ俺は、部長がもっと素直で可愛くなるように、ってお願いしてやる」 リョーマは勢い良く賽銭箱に小銭を投げ入れると、鈴をガラガラと鳴らして見よう見まねで手を合わせた。 「知っているか、越前」 「何?」 「願いごとは、口に出してしまうと効果がないそうだ」 「…そういうことは、早く言ってよね…」 隣に立って手を合わせる手塚の横顔が微かに笑みを含んでいるのを、リョーマはいささか悔しい思いで見上げた。
「まあ、いいんだけどさ。俺、神様なんて信じてないから」 お詣りを済ませた二人は、しばし境内をそぞろ歩いた。敷地はさほど広くない神社だが、年月を感じさせる大きな木が点在しており、午後の陽射しの中を歩くには悪くない。 「願いなんて、結局は自分で叶えるものだし」 「お前らしい」 「そういう部長こそ、何をお願いしたの。まさか本当に俺の身長じゃないよね」 「話してしまうと、効果がないからな。言えない」 「ケチ」 頬を膨らませているリョーマを見下ろしながら、手塚は思う。 いつか、そう遠くない未来、今はまだ小さな身体も大きくなって、自分を追い抜く日がくるのかもしれない。 それはそれで頼もしいに違いないが、まだしばらくはこのままでいて欲しいと、手塚は思っていた。 仲間達にからかわれ、可愛がられているリョーマの姿を見ているのが、好きだった。 本当は大して気にもしていないくせにムキになっている、そんな負けず嫌いなところが好きだった。 無論、そんなことはとても口に出しては言えなかった。 「それなら、お前は何を願ったんだ」 「…言わないッス」 「神様なんて信じてないんだろう」 「信じてないけど、言わない」 リョーマは思う、手塚がずっとこのまま変わらずにいてくれたら、と。 厳しくて融通が利かなくて強情で、そして誰よりも強いままの手塚でいて欲しい。 本当は優しくしてくれなくてもいい、ただ手塚であってくれればいいと、思っていた。 けれど、それはそれで少し悔しい気がして、手塚本人には言わないつもりだった。
結局、二人はどちらも教えなかった。
そろそろ帰ろうかという時、小さな社務所の近くでリョーマは急に足を止めた。 「ねえ部長、英語のおみくじだって」 「珍しいな」 社務所の前に、赤い鉄製の箱が二つ並んで置いてあり、そのうちの一つには英語のおみくじと書かれていた。壁に貼られた紙に、英語で簡単な説明が書かれている。こんな小さな神社に外国人が来るだろうかと疑問には思ったが、内容に興味を持ったリョーマはそのおみくじを一枚引いてみた。 折り畳まれた紙を広げると、「Fortunate」と書かれていた。 「『幸運』か…」 お互いが出会ったのは、ただの偶然にすぎない。たまたま同じ学校の、同じ部活の、同じ時期に居合わせた、それだけのことだ。 それを「運命」と呼ぶのは簡単だけれど、偶然を運命と錯覚することこそが恋なのだと、どこかで誰かが言っていたように思う。 「俺…ちょっとだけ、神様ってやつ信じてみようかな」 「どうしたんだ、急に」 「別に。なんとなく、だよ」 神社の隅に張られた紐には、沢山の白い紙が揺れている。リョーマは一番高い位置の紐に自分のおみくじを結ぼうとした。うまく結ぶことができず四苦八苦していると、後ろから手塚が手を伸ばして、手伝ってくれた。
もし神様なんてものが本当にいるのならば、 願わくば、
「…そうだな。俺も、信じてみてもいい」 「なんだ、アンタも信じてなかったんじゃん」 「今まではな。俺も、願いは自分の力で叶えるものだと思っていた」 「じゃ、今は違うの?」 「…ああ。うまく言葉にできないんだが…なんていうか…」 言い淀む手塚に、リョーマは頷いてみせた。 「うん、なんとなくわかる気がする」 「そうか」
例えばその気持ちすら錯覚なのだとしても。 願わくばどうか、この先もずっと、錯覚したままでいられますように。 どうか、かみさま。
END 新年に書き始めて今はもう3月…。 ちなみに、英語のおみくじは実在します。
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