他の部員が全員帰った事を確認して、リョーマはわざとのんびりやっていたコート整備を終了し、道具を片付けた。寒空の下でずっとラケットを握っていた手はすっかり冷えきっている。 急いで部室へ入り、リョーマは素早く着替えをはじめた。壁の時計を見上げると、すでに五時を大きく回っており、思わず舌打ちをしてしまう。 「ったく、皆いつまでも残ってないで早く帰ってよね…」 今日は、部活の練習の後に手塚と部室で待ち合わせをしていた。手塚の方は、図書室か生徒会室で時間を潰しているはずである。 手塚がリョーマの誕生日の事を切り出したのは12月に入ってすぐだった。単刀直入に、誕生日は何が欲しいかときいてきたのである。まさか手塚がそんな事を言うとは思ってなかったリョーマは、正直なところ喜ぶより先に驚いた。
『…嬉しいけど、咄嗟に思いつかないな。今すぐじゃないと駄目っすかね』 『そんな事はない』 『じゃあ、誕生日まで待ってよ。それまでに考えておくから』 『わかった』
あの時の、やけに真剣な手塚の顔を思い出すと、そのあまりの手塚らしさにリョーマはつい笑ってしまう。そういった手塚の野暮で融通のきかないところもリョーマは好きなのだが、それは所謂あばたもエクボと言うやつかもしれない。 「越前」 ふいに控えめな声とともに扉が開いて、手塚が顔を覗かせた。 「終わったのか」 「うん、遅くなっちゃってゴメン。行こう」 リョーマはテニスバッグを肩に担ぐと、簡単にマフラーを巻いて、外へ出た。 「行くって、どこへだ」 「色々考えたんだけどね、ストリートテニス場でどう?」 「テニスコート?」 「うん。もう遅いし、近い方がいいかなって。どうせ店なんてどこも混んでるしさ、今日は」 「…そうだな」 途中コンビニに寄って飲み物と、練習後の空きっ腹をなだめるべく菓子パンを買って、二人はストリートテニス場へと向かった。
「さすがに今日は人いないね」 テニスコートはライトこそついていたが誰も使用していなかった。近くの公園には数組のカップルの姿が見えたが、コート付近は時折遠くから車の音が聴こえてくるだけで人の気配がない。リョーマはコンクリートの階段に腰掛けて、目で手塚を隣に呼んだ。 「寒くないか、越前」 「ヘーキっすよ」 リョーマの隣に腰掛けて、手塚は改めて目の前のコートを眺める。関東大会の前に、ここで氷帝の跡部達と一悶着あったことはリョーマから簡単に聞いていたが、実際に手塚がこのコートを使った事はなかった。今はその時の喧噪を思い起こさせる物は何もなく、ただひっそりと静かである。 しばらく自らの思考に沈んでいた手塚は、今日ここに来た本来の目的を思い出し、目線をコートから隣へと移した。 「…誕生日おめでとう、越前」 「ども」 まっすぐに目を見て、そんなことを真面目な顔で言われると、リョーマの方が照れてしまう。リョーマは誤魔化すように少し笑ってから、ペットボトルに口をつけた。 「で、欲しい物は決まったのか」 「んー…それなんだけど…」 唐突に聞かれて、リョーマは軽く苦笑する。おそらく手塚はずっと気にしていたのだろうが、それにしてもムードもへったくれもない。そこが手塚らしいといえばらしいのだが。 「せっかく聞いてくれたのに悪いんだけど、俺、あんたから欲しいものって特にないんだよね」 「そうか…」 極わずかだか落胆した様子の手塚に、リョーマは慌てて言葉を付け足す。 「あ、勘違いしないでよ。いらないってわけじゃなくて…なんて言ったらいいのかな」 自分の気持ちを上手く伝えられる言葉を探すように、リョーマはゆっくりと話しだした。 「俺がしてあげたい事はいくらでもあるんだけど」 「…」 「ホントに、たくさんあるんだよね…アンタにしたい事とか、あげたいものとか。でも、してほしい事って思いつかない。もらうより、あげる方がいいや」 「越前…」 リョーマがそんな事を言うなど思いもよらなかった手塚はわずかに目を見張った。だが、その飾り気のないまっすぐな言葉が、手塚のどこか奥深いところをじわりと温かくする。 「部長、じゃあ逆に聞くけど、アンタは俺に何をくれたかったの?」 「その日本語はおかしいぞ、越前」 「…えーと、だから俺がどんなものを欲しいって言ったらいいなあって思ったか、ってこと」 「…それは…」 そこで口ごもった手塚の顔を、リョーマは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、下から覗き込んだ。 「あ、ひょっとして、何かやらしいこととか?」 「違う!」 「なーんだ、つまんない」 くつくつと笑って、リョーマは食べ終わったパンの袋をくしゃくしゃと丸めた。この少年は、こんな風に人を食ったように生意気であるかと思えば、さっきのように可愛らしい事を言ったりして、手塚を振り回す。いつもできる限り平静を装ってはみるものの、おそらくリョーマにはバレているに違いない。 手塚は軽くため息をついて、ゆっくりと言った。 「越前、俺は…お前が喜ぶ事をしてやりたいと…思っていたんだ」 「部長…」 「だから…そういう事なら、その…お前が俺にしたい事…とやらを、させてやる。それでどうだ」 「…!」 今度はリョーマが目を見張る番だった。よほど驚いた顔をしていたのか、手塚はリョーマのその表情を見て、照れくさそうな、どこかバツの悪そうな顔で視線をそらした。 「嫌ならいいが」 「…アンタって…」 リョーマは手にしていたパンの袋を放り投げると、いきなり手塚を押し倒す勢いで抱きついた。突然の事に手塚はあやうく倒れそうになったが、咄嗟にバランスをとって自らとリョーマの身体を支える。 「こら、越前!危ないだろう!」 「あーもう、アンタ俺を殺す気だよ、絶対」 「何を…」 手塚はなんとか引き剥がそうとしたが、リョーマはしっかりと首にしがみついていて離れない。手塚の首筋に顔を埋めたまま、ひどく嬉しそうな声で言った。 「それ、すごく嬉しい。最高のプレゼントっすよ」 頚に息がかかって、くすぐったさに手塚が身じろぎをすると、ようやくリョーマは身体を少し離す。その顔があまりにも屈託なく笑っているので、手塚は何も言えなくなってしまった。 至近距離で目を合わせているのがなんとなく気恥ずかしくなって、手塚はふいと目線をそらす。 「…ただし、ひとつだけだぞ」 「ケチ」 「うるさい。不服なら、この話は無しだ」 「うそうそ、充分っすよ」 拗ねたようにふいと顔を背けた手塚をなだめるように、リョーマは両手で頬を包んだ。そして、そのまま自分の方へと向けさせる。 「それじゃお言葉に甘えて…誕生日おめでと、俺」 「…馬鹿」 呆れながらも手塚の声は優しく、この人のこんな声をきけるのは自分だけだと思うと、リョーマはひどく嬉しく、誇らしいような気持ちになって、誰彼構わず自慢したい衝動に駆られる。もちろんそんな事はできないが。 リョーマはゆっくりと顔を近付けて、そのまま深く口づけた。 「ん…」 舌で歯列をなぞってゆくと、わずかに開いた隙間から舌をさしこみ、手塚の舌を捕らえる。その瞬間に手塚は軽く身体を震わせて、リョーマの腕をぎゅっと掴んだ。 離れ際に名残惜しそうに手塚の唇を舌でぺろりとなめると、リョーマは角度を変えて、再び顔を近付けようとした。 「…っ、ひとつだけだと、言っただろう」 「誕生日のプレゼントはね。これは、クリスマスの分だよ」 「…お前のそういうところが…」 「好きでしょ?」 自身たっぷりにそう返されて、手塚は言葉に詰まった。と同時に、自らの顔が熱くなるのを感じる。何か言い返したくても何も出てこない。それはつまり、リョーマの言う通りなのだろう。 「…」 「俺はアンタのそういうところも好きっすよ」 「…勝手にしろ」 「うん、そうする」 リョーマは声を出さずに笑って、諦めたように力を抜いた手塚の身体を引き寄せて、もう一度キスした。 手塚がどれだけたくさんのものを与えてくれているか、きっと手塚自身は気付いていないだろうと、リョーマは思う。だから自分も手塚に何か与えてあげられればいいと、そう思っている。けれど。
―まだまだ、俺はこの人には適いそうにないな…
悔しいと感じつつ、同時に嬉しいとも思っている自分自身の甘さを、リョーマは心の中で、笑った。
END
リョーマお誕生日おめでとう〜という気持ちで。 それにしてもウチのリョ塚は毎年テニスコートでイブを過ごしてますね…。 パンの袋は手塚の言い付けで、この後リョーマが拾って帰ります。 まあ手塚のそういうところも好きってことでな! |