『新入生歓迎!バスケ部』 『君の力をぜひ野球部へ!』
まだわずかに肌寒い四月。 廊下の壁の至る所に貼られた部活動の勧誘ポスターを眺めながら、不二は青春学園の校内をゆっくりと歩いていた。不二と同じく、まだどこかぎこちない新入生達が、時折賑やかにすれ違ってゆく。 「…どうしようかな」 画用紙にペンで描かれた、いかにも手作りといったポスターの前で足を止め、不二は独りごちた。鮮やかな青と赤のラインがひかれたそのポスターには、『男子硬式テニス部』と書いてある。 不二は、小学校に入った頃から近所のスクールでテニスを学んでいた。趣味でやっていた親の影響で興味半分に始めたのだが、不二は目覚ましい早さで上達し、コーチや親を驚かせた。いくらも断たないうちにスクール内で彼にかなうものはいなくなり、時として『神童』などと言われることすらあった。 テニスの名門と呼ばれる青春学園への入学が決まった時、家族もスクールのコーチも、不二がテニス部に入ると信じて疑わなかったのだが…。 「部活か…」 呟いてポスターの前を離れ、不二は再び歩き出した。正直、部活動にはあまり興味が無かった。テニスは好きだが、やろうと思えばスクールでいくらでもできるし、中学の部活となれば先輩とのしがらみなど色々面倒なこともある。何もそこまでして、という気がしないでもなく、それならば学校の部活は、テニスと同じくらい好きな写真を選ぶという手もある。 そんなこんなで、不二はまだどこの部活にも所属していなかった。 (やっぱり写真部にしようかな…) その時、前方から歩いてきた男子生徒が不二の横をす、と通り抜けた。
―あ。
不二は足を止め、その男子生徒を振り返った。そして、どきりとした。 相手も同じように立ち止まって、こちらを見ていたからだ。
なぜか、ひどく緊張した。
「あの、君…もしかして、手塚君?」 「うん」 「やっぱり」 真新しい詰襟に身を包んだその眼鏡の少年を、不二は知っていた。 「君も、青学だったんだ…」 ―手塚国光。 東京で子供の頃からテニスをやっていれば、いやでも耳にする名前だった。圧倒的な強さでジュニアの大会をことごとく制しており、神奈川の真田と並んで関東地区の二強である。不二も、何度か試合を見たことがあった。 「同じ学校だったなんて知らなかったな…あ、ごめんひとりで勝手に喋って。僕は…」 「知ってる。不二君だろ」 「え…」 不二は、驚いて続く言葉が出てこなかった。まさか、手塚が自分のことを知っているなどと夢にも思わなかったからだ。その沈黙をどうとったのか、手塚がやや遠慮がちに口を開いた。 「…ごめん、違ってたら…」 「あ、ううん、違わないよ。僕は不二…不二周助」 その言葉に手塚はこくりと小さく頷いた。お互いに知っているのにはじめましてと言うのも変に思えて、不二も同じように頷く。それがなんだか可笑しくて、不二は少し笑った。 「どうして僕のこと知ってるの?」 実力こそあったがあまり勝負にこだわらない性質の不二は、公式の大会に出場したことがほとんど無い。当然、手塚と試合であたったこともないし、手塚の通っていたスクールと自分のスクールとの交流もなかった。 「試合を見た」 「…僕の?」 手塚は再びこく、と頷いた。どうやら、無口な性格らしい。それはさておき、不二は記憶を探る。手塚が出てくるような大会に、出場した事は…。 「五年生の時の…」 「ああ」 思い出した。 コーチに勧められて出場した大会。不二は緒戦を圧勝で飾ったが、二試合目が行われる前日に、弟の裕太が風邪をこじらせて入院したのである。大したことはないからと、母親は試合に出るようにすすめたが、結局不二は棄権した。弟が心配だったのももちろんだが、もともと自分からすすんでエントリーした大会ではなかったので未練を感じなかったというのが大きな要因であったかもしれない。 「試合の前の日に、弟が急に入院しちゃったんだ。それで」 「そうだったのか」 「それにしても、よく僕の事なんて覚えてたね」 「すごく上手だったから」 「…」 「あのままいけば、準決勝であたるはずだったんだ。絶対君が来ると思って…」 「…ごめんね」 別にそんな必要はないのだろうが、不二は謝った。なぜか、ひどい罪の意識を感じた。手塚ほどの者が自分を待っていてくれたことに対する純粋な喜びもあったが、同時に、なんとも形容し難い焦りに似た感情に襲われて、少し落ち着かない気持ちになる。 「家族の病気なら、仕方ないな」 でも、と不二は思う。 もし自分と同じ状況におかれても、手塚なら出場したに違いない。 不二の心のどこか奥深い場所が、きり、と痛んだ。 「手塚君は、やっぱりテニス部に入るの?」 それは話題を変えるために発した何気ない一言だったが、手塚が何か言いたそうな顔をしているのを、不二は見とがめた。 「…僕、何か…変なこと言った?」 「いや、そうじゃないけど…」 そうじゃないと言いながらも、手塚の表情は明らかに不二の言葉の意味を汲みかねている。その真意が不二には読めなかった。手塚はしばらく黙っていたが、やがていくらか不思議そうな口調で言った。 「俺は、って…君は?」 「…!」 手塚にとって、テニス部に入るということは改めて考える必要もない、当然の事だったのだと不二はやっと気付いた。そして、不二もそうであると思っていた事も。 「あ…うん、僕カメラも好きで…だからちょっと、どうしようか迷ってるんだ」 「そうか…」 「テニスなら、スクールでもできるし…」 言い訳めいた事を口にしている自分が無性に嫌だったし、手塚に対してうしろめたさを感じていることも嫌だった。自分はなにも悪いことをしたわけではないはずなのに、と思えばその思考自体がまた嫌になる。 それは、今まで味わったことのない感情で、そのことが不二を少なからず驚かせた。どちらかと言うとなんでもそつなくこなせてしまう不二は、あまり他人との間に感情的な摩擦を生じたことがない。他人と関わって嫌だと思ったり、辛いと感じた経験は、思い出せる限りほとんどなかったのだ。 手塚が嫌なわけではない。むしろ、不二はこの無愛想だが実直な印象の少年に好感を持った。ただ、彼と相対することで生まれた、初めて感じる自らの心の動き。それが不二に不安と期待の両方を抱かせた。 「また…」 手塚が発したその声は低く、不二には聞き取れなかった。顔を見ると、いつのまにか手塚の視線は不二から外れている。 「何?」 だが、手塚は不二の問いには答えず、小さく頭を振った。 「…なんでもない。俺はもう練習に行かないと」 「ごめん、引き止めちゃって。頑張ってね」 手塚はこくりと頷いて、下駄箱の方へと歩いていった。 その後ろ姿が見えなくなると、不二は急に体中から力が抜けたような気がした。
手塚と話している間中、ずっと緊張していたのだと、気付いた。
それから数日たった放課後。不二はなんとなく練習風景を見てみようという気になって、テニスコートに立ち寄った。そこで、肘を打たれて立ちすくむ手塚の姿を見、手塚の叫ぶ声を聞いた。 翌日、入部届けを提出した不二がコートに現われたのを見て、手塚は何も言わずただ小さくこくりと頷いた。それはおそらく不二にしかわからなかっただろう。 突然入部を決めた理由について手塚は何も聞かなかったし、不二も言わなかった。理由は、ただ手塚がそこにいるというだけで充分で、それは誰に言う必要もないことだった。 コートに入る手塚の背中を見ているうちに、ふと、不二は小さな頃に姉に読んでもらった絵本を思い出した。灯台の光に引き寄せられ、窓にぶつかって死んでしまう鳥の話だ。 (あれ、なんていう鳥だったかな…) 鳥の名は思い出せなかったが、不二は、自分がその鳥になったような気がした。手塚は今はまだ遠く小さな灯だが、近付くにつれその輝きは大きく強くなって、そして、いつか―
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SUB:次は全国で もう大石から聞いてるだろうから詳しいことは書かないけど 勝利がこんなに嬉しいものだったって、初めて知ったよ 今は、ぜひ君と戦いたいと思ってるんだ もちろんその時は、僕が必ず勝ってみせるけどね
全国で君に会えるのを、楽しみにしてるよ
不二
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メールの送信を終えると、不二はそのままベッドに横になった。どっと疲れが押し寄せてきて、閉じた携帯を握ったまま目を閉じる。自分ではあまり意識していなかったが、全力でフルゲーム戦って、さらにその後病院に連れていかれたのだから当然かもしれない。 目の異常は幸い一時的なもので、問題ないという診断に一同胸をなで下ろしたものだ。パソコンや携帯メールの類いはしばらくやらないよう医者から注意されたし、実際小さな液晶画面を見ているとまだ辛いのだが、どうしてもこれだけは伝えたいと思った。 今の自分はもうただの小さな鳥ではない。灯に辿り着いたら、また次の灯を目指して飛んでいくだろう。
―それでも
不二は目を閉じたままくすりと笑った。
―それでも、目指す灯は常に君であってほしいんだ。
そのまま不二は眠りに落ちた。手の中の携帯が小さく震えるのにも気づかないまま、ただひたすら眠った。
END テキスト倉庫にちまちま書いていた不二塚。 大石から詳しいことは聞いてると思うのですが、 これ書いている時点では、まだ立海大戦の決着がついていないってなもんです。 こずるい大人です。 |