「灯だ…」
丘の上を、海風が渡っていく。雨雲は去り、空はくすんだオレンジ色から紫色へと、その姿を変え始めている。 リョーマ達の身体を柔らかい土の上に横たえた後、三人は重い足を引き摺るようにして、海に面した丘に上った。暗くなるにつれて、遥か遠くの水平線上に点った小さな灯が、ぽつりぽつりとその数を増してゆく。数日前まで自分達が生活していた世界が、そこには確かにあるのだ。だが、今、その距離は果てしなく遠く感じられた。
「これから、どうなるんですかね…」
誰に言うともなく桃城の口から出た言葉が、風に乗って手塚の耳に届いたが、答えてやる事はできなかった。 タイムリミットは、あと1日。生き残っているのは、もはやここにいる三人だけとなった。これで、もう襲われることはない。だが、このままでは三人とも死ぬ事になる―。
「…畜生っ!」
手にした荷物を地面に叩き付けて、桃城は叫んだ。握った拳が、小刻みに震えている。デイバックから飛び出して、足下に転がってきた桃城のラケットを拾い上げると、加藤はおずおずと声をかけた。
「あの、桃ちゃん先輩、ラケット…」 「いいんだよ!戦う相手なんてどこにもいねえんだ!もう、誰も……みんな…」 「そ…そうですよね…」
ラケットを抱えたまま、加藤はうなだれて後ろへ下がった。桃城の背中越しに海を見つめていた手塚も、ずっと握りしめていたラケットを置いた。本来の持ち主が正確にはわからないこのラケットも、ようやく不毛な役目を終えたのだ。
「でも、やっぱり危ないと思います」 「…?」 「だって」
振り返った手塚の目に映ったのは、信じられない光景だった。 いつの間にか距離をとった加藤が、二人に向けてボールとラケットを構えている。
「まだ、ゲームは終わってないですよ、先輩」 「…!お前、ど、」 「どういうつもりだ、ですか?」
狼狽する桃城とは対照的に、加藤は淡々としていた。
「ここで先輩達を倒せば、このゲームの勝者は僕だってことです」 「加藤…」 「先輩達のお陰で、ここまで生き残れたことには感謝してます。でも、僕はまだ死にたくない」
自分が唾を飲み込む音を、手塚は確かに聞いた。数秒、3人は固まっていたが、真っ先に動いたのは桃城だった。加藤に飛びついて、手を封じようとしたのである。だが、加藤は慌てなかった。後方へ少し下がってややぎこちなくラケットを振り、それでも正確に桃城にボールを当てた。
「…く、そっ…」
倒れた桃城には目もくれず、加藤は手塚に向かってボールを構えた。そのひどく冷静な表情が、手塚をぞっとさせた。
「ごめんなさい、部長」 「…」
ラケットは、手塚のすぐ足もとにある。二人の実力の差を考えれば、加藤の攻撃を避けて反撃する事は可能に違いない。 だが、手塚は、そのまま目を閉じた。 これで、やっと終わる。そう思った。 ラケットが空を切る音が聞こえ、次の瞬間に異臭を伴う気体が手塚を包んだ。
倒れた手塚の左手首から聞こえた小さな電子音と共に、長かったゲームも終わりを告げた―。
青春学園・桃城武、手塚国光、敗退。
生存者一名。勝者・加藤カチロー(青春学園)
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