23日に、みんなでクリスマスパーティをやろう。
リョーマの知らないうちに、いつの間にか、そういう事になっていたらしい。 憂鬱な期末テストが終わった数日後、桃城が1-2の教室にやってきて、結果だけをリョーマに告げた。メンバーは、いつもの顔ぶれ9人、場所は不二の家、との事だった。
「もちろん来るよな?越前」 「嫌だって言ったら行かなくていーんすか」 「駄目に決まってんだろ」 「…じゃあ聞かないで下さいよ」 「確認だよ、確認」
クリスマスパーティなんてものにさして興味があるわけではないが、かといって別に嫌なわけでもなかったから、リョーマはそのまま無言で了承した。
「でもなんで23日なんすか?」 「そうなんだよな、普通は24日にやるだろ。でも、エージ先輩がさ」
男ばかりでイブに集まるのは寒い。
「…って言ってな。それで」 「だったら最初からやらなきゃいいのに…」 「まあそう言うなって。たまにはいいだろ、先輩達と会う機会も少なくなったし、受験の息抜きも兼ねてって事で。それに24日は忙しい人もいるだろうしよ」 「忙しい?」 「だって、クリスマスイブだぜ?デートの予定とかあるだろ」 「なるほど。でも、桃先輩は暇なんですよね?」 「うるせえ!」
リョーマにしてみれば、クリスマスだからといってデートだパーティだと騒ぐのはナンセンスなのだが、以前部活でそう話したら、桃城と菊丸は、楽しければそれでいいんだよと笑っていた。そういうものなのかもしれない。
「…おっと、授業始まっちまうな。じゃあそういう事でな、越前。遅刻すんなよ」 「うぃーっす」
予鈴が鳴り、桃城は慌ただしく、教室を出て行った。 その後ろ姿を見送って、リョーマは小さく息をついた。
クリスマスイブの日は、リョーマにとっては別の意味で、特別な日だった。 だが、リョーマは、それを誰にも話した事がなかった。 とても、大切な人にさえも。
不二の家は予想よりもずっと大きくて、話には聞いていたが訪れたのは今回が初めてのリョーマは、少なからず驚いた。リョーマの家も決して狭くはないが、それでも不二の家はケタはずれだ。不二の母親は優しそうな人で、わざわざ料理をたくさん作ってくれていた。
「そんじゃま、ちょっと早いけど…メリークリスマス!」
菊丸が嬉しそうにそう言って、パーティは始まった。内部選考試験は、普通の高校受験ほど大変ではないと言ってもそれなりに3年生は忙しく、久しぶりに大勢で騒ぐとあって、皆良く喋り、騒いだ。あまり他人と馴れ合うのを好まない海堂ですら、いつもより口数が多かった。もっとも、大半はテニスの話だったが。 リョーマは桃城と菊丸に挟まれて料理を食べながら、正面に座っている手塚を見た。手塚は相変わらず言葉少なに、けれど楽しそうに皆の話を聞いていて、その姿がなんだか懐かしいと、リョーマはらしくない感傷に、少しだけ、捕われた。
「お邪魔しましたー!」 「気をつけてね」
メンバーが不二の家を出たのは9時すぎだった。不二や不二の母親は、もっとゆっくりして行けばいいのにと言ったが、あまり遅くまでいては迷惑だと、手塚と大石が丁寧に挨拶し、そして解散となった。それでも、みんな充分に楽しんで、満足した様子だった。 解散後、リョーマは家の方向が同じ桃城と、途中までテニスの話をしながら一緒に帰った。桃城と別れ、家の前についたリョーマは、中に入ろうとして急にある事を思いつき、踵を返した。 駅の公衆電話で、もう少し帰りが遅くなるが、先輩が一緒だから心配ないと家に連絡を入れ、リョーマは白い息を吐きながら高架下を歩いた。行き先は、あのコートだ。
リョーマの世界が、変わった場所。 あの人が、変えてくれた場所。
夜のコートはひっそりと静まり返っていて、当然だが誰もいなかった。時々、酔っ払いが大きな声で笑う声が近付いては、また、遠ざかって行く。頭上からは数分おきに、電車が走る大きな音が聞こえてきた。
「さみー…」
リョーマは、高架下の、コートが見える辺りのコンクリートに座った。あまり目立つところにいて、補導でもされたらシャレにならない。 腕時計を見ると、11時を少しまわったところだった。
それは、単に、思いつきだった。
リョーマは、12月24日を、 自分の生まれた日を、 ここで迎えよう、と思ったのだ。 そんな事に何の意味もないとわかっていたけれど、それでも、そうしたい気分だった。
ここからなら、12時になってからすぐに駅へ向かえば終電に充分間に合う、とリョーマは計算して、ただじっと座って時間が経つのを待った。 ライトの点いていない暗いコートは、あの時とはまるで違う場所のようで、なんだか不思議な気分になる。バカなことをしていると自分でも思ったが、リョーマはこの状況を結構楽しんでいた。
あと、20分。
アメリカにいた時。 リョーマの家はクリスチャンではなかったし、リョーマ自身も違ったが、周りはみんなクリスチャンで、クリスマスは教会へ集まっていた。リョーマも無理矢理連れて行かれた事が、何回かある。 大きなステンドグラスのある教会では、みんな賛美歌を歌い、神父の言葉に耳を傾け、何かを祈っていた。
何を、何に祈ってるんだろう。
ぼんやりとステンドグラスを見つめながら、リョーマはいつもそう思っていた。 リョーマは、一応かっこうだけ真似をしてはいたが、実際は、天使にも聖母にも神にも、祈った事はない。 そんな目に見えない、曖昧なものは信じられなかったからだ。
あと、10分。
リョーマは、目を閉じた。 まぶたに、冷えた空気を感じる。 明日は、雪が降るかもしれないと、さっき誰かが言っていたような気がする。
ふいに、人の気配を感じて、リョーマはゆっくりと目を開けた。
「……!」
目線の先、コートのフェンスの前に、手塚が立っていた。
手塚はさっき別れた時のままの姿で、フェンスに手をかけ、黙ってコートを見ている。 手塚も、帰らなかったのか。 なぜ、こんなところにいるのか。 手塚に聞こえるんじゃないかと思うくらい、リョーマの心臓が強く、打った。
「…越前?」
リョーマは息すら殺していたのに、手塚は振り返り、リョーマを見つけた。 心臓の音が、聞こえたのだろうかと錯覚した。
「ちー…す」 「何やってるんだ。早く帰れと、さっき言っただろう」 「先輩こそ、何してるんすか」 「誤魔化すな、お前の話をしてるんだ」 「その言い方、狡いね。まあいいけど」
リョーマも頑固だが、手塚はそれに輪をかけて頑固なのを知っているから、リョーマはそれ以上追求はせず、軽く肩を竦めるだけにとどめた。
「なんとなく、ココに来たくなって、それで」 「こんな時間にか?」 「色々と…あってね」
手塚の視線を軽く流して、リョーマは適当に言葉を濁した。 もちろん、手塚にさえも明日が何を意味する日か、話した事は無かった。
「…風邪引くぞ」 「大丈夫っすよ」
手塚の声はとても静かで、もっと怒られるかと思ったのにと、リョーマは少し意外に思った。顔色を窺ってみたが、やはりそんなに怒ってはいないようだったので、立ち上がって近付き、手塚の隣に並んだ。手塚は、そんなリョーマを黙って見ていたが、また視線をコートへ移した。
あと、5分。
「ねえ、やっぱりアンタも明日忙しい?」 「何故だ」 「クリスマスイブじゃん」 「うちは浄土真宗だから、クリスマスは特に何も…」 「あー、あのね、そうじゃなくって、ホラ…デートとか、さ…」 「クリスマスと、何か関係あるのか?」 「…えーと。いや、もういいっス」
手塚にこんな事を聞いた自分が馬鹿だったとリョーマは思ったが、同時に、心のどこかが安心している。自分も馬鹿だな、と思わず苦笑した。
「じゃあ予定とかないの?」 「無い」 「…それじゃあさ…」
その時、リョーマの時計が小さく鳴って、日付けが変わった事を、知らせた。
「あ、24日になったね。メリークリスマス、って言えばいいのかな」 「…越前」 「え?」 「……」 「…?どうしたの?」 「その…」
返事がなかなか返ってこないのでリョーマが見上げると、手塚は何か言いにくそうな、ちょっと困ったような顔をしていたが、目で促されて、やっとその口を開いた。
「いや…お前、今日…誕生日だろう。…おめでとう」 「…!何で、知ってるんスか?」
心底驚いて、リョーマは大きな目をさらに大きく見開いて手塚を見た。その視線を避けるようにして、手塚はあらぬ方を見やり、いつもより早い口調で、やや弁解がましく、言った。
「いや、たまたま皆の誕生日の話になって…それで、乾に聞いたんだ」 「乾先輩か…」
乾が手塚に向かって、いつもの、何かを企んだ喜々とした顔で話をしている姿を想像して、リョーマは歯噛みした。 手塚に祝ってもらえて嬉しくないわけではないが、なんだか複雑な気分だった。いくら好きな相手でも、あまりべたべたした付き合いはしたくないし、何かを期待しているように思われたくなくて、あえて黙っていたのに。
「……ども」 「越前の家は、クリスマスと誕生日を一緒に祝うのか」 「祝う、と言うか…」
確かに、毎年24日は、パーティらしきものをする事はする。 らしき、というのは、楽しい事が大好きな南次郎がはしゃぐわ酔っぱらうわで、最後には何のパーティなのか分からなくなるのが常だったからだ。締まりのない顔で笑う父親の姿を思い出して、リョーマはいくらか不愉快になったが、今一緒にいるのは父親ではないと気を取り直した。
「じゃあさ、先輩」 「なんだ」 「カワイイ後輩の誕生日に、何かプレゼントくれる?」 「…可愛い後輩って、誰のことだ」 「言うと思った。まあ、それはいいから」 「何か、欲しいものがあるのか?」
言葉で答える代わりに一歩近付くと、リョーマは黙って手塚の方に顔を近付けた。一瞬訝しげな表情を作った手塚だが、リョーマの意図を理解したのか、その白い頬に寒さのためではない赤みが微かにさした。手塚にしては珍しく察しがいいなと、リョーマは妙に感心した。
「え、越前…」 「ん?」 「走るぞ」 「はぁ?」
手塚が応えてくれるなんてはなから期待してはいなかったが、それでもあまりにも的外れな事を言われて、リョーマは間抜けな声を出した。
「何で走るわけ?この状況で」 「歩いて帰るつもりなのか?出るぞ、終電」 「え?あ、やべっ!」
誤魔化された感もないではないが、時間を確認すると、確かにもうじき終電が出てしまう。リョーマと手塚はお互いの顔を見ると、次の瞬間に走り出した。二人は、人気のない道を並んで走りながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「ねえ」 「何だ」 「それじゃあさ、せめて、明日は俺に付き合ってよ。予定がないなら」 「付き合う?」 「テニスでも、映画でも、食事でもさ、何でもいいから。アンタの時間を少しでいいから、俺にくれない?」 「それでいいのか?」 「欲張るとロクなことないからね。それで、いいよ」 「めずらしく、殊勝だな」 「一言多いっすよ!」
冬の夜気の中を全力で走っているせいで、さすがのリョーマも息が上がっていたが、それでもつい、憎まれ口を叩いてしまう。自らの吐く息で、視界が一瞬、白く霞んだ。
「で、いいの?だめなの?」 「わかった、そういう事なら、付き合う」
リョーマは手塚には聞こえないように、ヤッタ、と小さく呟くと、走る速度をあげて、手塚を追い抜いた。
天使にも聖母にも、神にだって祈った事はなかった。 そんな形のない、曖昧なものは信じられなかった。 でも、今一緒にいてくれる、この人は、 自分に、形のないものを、見せてくれた。 確かに信じられるもの、その先にあるものを、見せてくれた。
転がり込むように改札口に着いて、ぜいぜいと肩で息をしながら振り向くと、同じように手塚がやってきた。目があうと、白い息を吐きながら、少し笑った。
ずっとこうやって一緒にいられればいいのにと、 リョーマは生まれてはじめて、何かに祈った。
END 手塚家が浄土真宗かどうかは知りませぬが、 リョーマお誕生日おめでとう! 誕生日なのに、なにもさせてあげなくてごめんね!えへ!(笑ってる場合じゃないよ) |