昔、ある高名な、人物画のとてもうまい画家がいました。 その画家が描く人物はみなとても生き生きとしていて、まるでそこに本当の人物がいるかのようです。 特に、悲痛な表情の描写が、それはそれはうまかったのです。 けれど、何百とある絵の中に、笑っている人物画はありませんでした。 正確には、幸せそうな表情の絵がなかったのでした。 その画家の虜となった、一人のまだ若い青年は不思議に思い、画家に尋ねてみました。 なぜ笑っている人物画を描かないのですか? 画家は答えました。 描かないのではないのですよ。 青年はききます。 どういうことなのですか? 描かないのではなく、描けないのです。 そして画家は理由を話しました。 彼は、自分の生い立ちを話しました。 あまりに悲惨な画家の生い立ちを聞いて、青年は泣き崩れました。 そんな、そんな…。 あなたが泣いてくれたことで私の人生に価値が生まれました。 青年は顔を上げ、画家に微笑みかけました。 ありがとうございます。今、あなたがくださった言葉で、私は、初めてあなたが描いた、幸せそうな表情の一枚の絵になれました。 その言葉に画家は、ただ黙って、一筋の涙を頬に伝わせながら微笑んでいました。
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