久しぶりに外に出てみた。 別段外に出るのが嫌だったとか、病気で出れなかったとか、そんなことはなかった。 ただ、出るだけの理由がなかった。 学生にとっては、一年のビッグイベント、夏休み。 みな、家族旅行だといって、遠出していく。 僕の家は共働きで、両親共にそうそう休みなんて取れるわけもない。 ましてや、二人の休日が重なることも無い。 兄弟や姉妹がいるわけでもない。 だから僕は、ただただ毎日をぼんやり過ごしている。 朝はのんびり起きて、遅い朝食をとって、暑いと呟いてはクーラーをつける。 何の目的があるわけでもなしに、パソコンをつけて、テレビを見る。 親から頼まれていた家事をこなして、さぁ次は何をしようかと時間を持て余す。 でも、結局何をするでもなくそのまま日が暮れてゆく。 毎日同じ事を繰り返す。 何の不服もなければ、何に満足もしない。 ただただ、平和な日常をだらだらと過ごす。 そんな毎日のいつだったか、なんとなくつけたパソコンで、なんとなく覗いた大型掲示板。 そこにポツリと載っていた言葉が、僕の目を引いた。 あなたが無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が死ぬほど生きたかった明日でもある。 ああ、いい言葉だ。 直感的に思った、素直な感想。 僕が無駄に過ごした日々を、死ぬほど生きたかった人達がいる。 それじゃあ僕は、今日を無駄に過ごさない? ばかばかしいと苦笑した。 そんなの、誰が無駄だと決めるのだ。 僕が生きた今日を無駄だと思うのは、僕にしか出来ない。 この生き方を出来るのが僕しかいないのだから、だったら、ただ、僕らしく生きていこう。 そんな、強引な結論で、強引に考えを終わらした。 でも、外に出て思った。そこに甘えすぎていた。そう思った。 僕は、僕らしく生きることに甘えすぎていた。そう思った。 久しぶりな外の光は、蛍光灯の光より、少し、痛かった。 まるで、僕を無言で攻めているようだった。 眩し過ぎる光に目を細めて、眩しすぎる太陽を一仰ぎ。 灼熱の火の固まりは、僕なんかに見向きもしていないなと思って、いやと否定した。 見向きもしていなくても、でも僕はその恵みを受けている。 じゃあそれは、きっと、みなに平等に降りそそがれるただの光だ。 でも、太陽系に属さない星々にとっては、なんという至福の光だろうか。 もしかしたらこの宇宙には、太陽以上に光り輝く星があるかもしれない。 でも、無いかもしれない。 確実なのは、今浴びている光は、確かだということだろう。 こんなに幸福なことに、何故今まで気付かなかったんだろう。 少しの疑念のあと、まてよと独り言。 そうだ。もっと幸福なことがあった。 今、生きていられる。 なんて幸せだろうか。 何も心配しなくとも、とりあえず生きていられる。 なんて幸せだろうか。 あなたが無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が死ぬほど生きたかった明日でもある。 今更になってその本当の意味が分かった気がする。 死んでしまった人達は、どれだけ過ごしたかったんだろうか。明日を。 僕がだらだらと、無駄に過ごした日々を。 僕は、病気だったのかもしれない。 身近なものに目を向けられない、現代社会にはありきたりな、病気だったのかもしれない。 そして、僕と同じ病を抱えた人たちが、今の社会には、きっと数え切れないほどいるんだろう。 心配しなくとも生きていけて、何もしなくとも暖かい愛に包まれて、それが当たり前になっている。 僕なんかが悟ることは可笑しいけど、でも、そんな人達に伝えたい。 貴方達は病気だったんだ、そう伝えたい。 そして、聞いてもらいたい。この言葉を。 僕が行き着いた結論に、みなが行き着くはずも無いし、ばかばかしいと一蹴されるかもしれない。 思うこと人それぞれのなかで、どれだけの人がこの言葉を大切にしてくれるだろう。 別に、僕らが一生懸命生きたからといって、死んだ人達が報われたり、生き返ったりするわけでもない。 でも、幸福に気付いてもらいたい。 こんなこと、ただのお節介の血迷いごとでしかないことくらい、分かってはいるけれど。 閉じこもりきりだった小さな世界から一歩、足を踏み出して、見てみた世界はもう、すっかり夏だった。
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